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10/28(月)シャングリラは確かに桃源郷だった

今日は雲南旅行の最後のハイライトである、シャングリラ観光をする。まずPudacuo National Parkへ行き、一時間半くらい自然の中を歩く。昔、木を伐採しすぎて川が氾濫したために、今は中国政府は自然を保護しているのだそう。環境を守るために、工場もたくさん閉鎖されたのだとか。

朝靄がかかり、大変美しい。ガイドの高谷さんも、私を放って写真に夢中になっている。

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完璧な天気。

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空気の澄んだ静かな公園で写真を撮っていると、普段気づかない自然の色んな美しさに気付くことができる。溶けた霜が太陽の光に反射して、キラキラしている。しかしその美しさを写真でうまく撮ることができない・・・。

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鳥のさえずり、紅葉した葉っぱ、吹く風・・・。私は日常生活の中で、そういった自然をじっくりと感じることを忘れてしまっているようだ。何もシャングリラに来なくても、近所をウロウロするだけでも見ようとすれば色んなものが見られるはず。日本に戻っても、そういう時間を大切にしたい。またここでは大きなカメラを持って、写真を撮っている人がたくさんいた。今後はお茶に加えて、写真を撮ることを通しても色んな国の人と交流がしたい。

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ここの標高は約3,400m。富士山の山頂にほど近いところで一時間半以上も歩いたもんだから、さすがに頭が痛くなってしまった。バファリンを飲んで、しばし回復を待つ。

次の目的地に向かう。車窓から遠くに雪山が見えて、感動する。

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ちょっと車を止めて、写真を撮らせてもらいました。足元にはYakとか牛のウンチが大量にあり、注意が必要。

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ここでランチになる。野菜、Yakの肉、臭みのある辛くて酸っぱい魚とイモとインゲンの炒め物。美味し過ぎて、思わずご飯をかきこんでしまう。

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チベット人のお家をちょっと拝見した後、Songzanlin Monasteryへ向かう。ここでは143段の階段を登らねばならい。「標高が高いので、ゆっくり登ってください。私でもちょっとしんどいですので」と高谷さん。

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ヒーヒーいいながら、ゆっくり登る。そしてお寺の中を見せてもらう。寺の中は撮影NG。ここで高谷さんに色々と聞いてみる。「ブータンやインドのラダックへ行った時は、彼らは虫も殺さないと言っていましたが、ここもそうですか?」と聞くと、高谷さんは少し表情を曇らせてため息をついた。「私は綺麗ごとを口先だけで言うのは好きではありません。我々は生きるためにエナジーが必要です。ここでは肉も食べます。ただ大切なのは殺すのを最低限にすることです。」とのことで、同じチベット仏教徒でも場所が違えば色々と違うようだ。

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ブータンやラダックとここを比べてどうこう言うつもりはないが、私が他にも違いを感じたことがいくつかあった。まずチベット仏教徒の高谷さんは、どの寺に入ってもお祈りをしていなかった。ブータンやラダックでは、ガイドはいつも寺に入ると頭や膝をついてお祈りをしていた。高谷さんが携帯をいじりながら寺の中(お坊さんがお経をあげているのに)を歩いているのを見て、少々複雑な気分になるのは私だけか。次にラダックやダージリンの寺で見て来たお経をあげているお坊さんに比べて、なんというかここのお坊さんは少々カジュアル。厳粛な雰囲気というものがあまり感じられない。高谷さん曰く「ここのお坊さんはフリータタイムはショッピングをしたり、好きに過ごせますよ。何時に起きて、何をしないと行けないといったものはあまりありません」とのこと。

(お坊さん、お昼寝中??)

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また寺のお供えものにはペットボトルや缶のお茶が備えられており、また壁のあちらこちらにコインや紙幣がたくさんねじ込まれている。お賽銭箱にもWechat payのバーコードがついていて、現金の賽銭をする日本やその他の仏教国との違いが興味深かった。

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高谷さんとは他にも色々な話をした。例えば何かを信じるというのは、心を安定させるために良い手段であること。夫婦や家族内であって、お互いを100%理解したり安心させたりすることはできないが、お寺に来て祈れば心の安らぎを得ることができる。そしてどんなにベストを尽くしても、世の中には悪い人もいる。だから自分が幸せになれることをして、自分のベストを尽くせばいいということ。みんなたくさんのことをしようとするけれど、人生の中でそんなにたくさんのことを成就するのは難しい。また高谷さんはこうも言った。「自分のできる範囲のことで、善い行いをすればいいんです。他の人を助けなさい。単に金をあげるとかではなくね。」

そんな話をしながら、我々はバターティーを飲もうとウロウロしていたのだけれど、残念ながら飲める場所が見つからなかった。するとその辺の村人が我々を車に乗せて駐車場まで送ってくれ(寺院内の移動は専用バスだったので)、おかげで車窓から素晴らしい景色が見えた。本当はこのエリアに観光客が来ることはないそうで、私は夢中でシャッター切った。我々はバターティーを飲もうと、運よく観光ルートを外れたのだ。

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これで今回の雲南旅行の全ての旅程が終了した。頭がまた痛み出したが、なんとか体力がもってよかった。シャングリラは桃源郷と言うにふさわしい、美しい場所だった。ここに自分が来るまでに、色んな事が複雑に絡み合っていたことが今不思議に感じる。もしシンガポールに住まなければ、もしシンガポールでJoyceという中国人に出会わなければ、もし自分が中華系の生徒に日本語を教えなければ、もしいい中国語の先生たちに出会えなければ、私はこのようにシャングリラに来ることはなかっただろう。今までに自分に起こった色んな事に感謝をすると共に、自分のことばかり考えていないで、人の役に立つことを小さくてもいいからしようと今回の旅で改めて思った。

さて、明日はシャングリラ→昆明→上海へと移動します。