日本にいるからこそ🎐

日本人も知らない日本を知る

全力でふらふらして暮らす人を見つける

ここ最近、天気が悪いせいかモヤモヤッとし『今生きている自分の世界が小さすぎる!ヒィー!!日本から出たい!!』と居てもたってもいられなくなった。自分の世界を広げられるよう、日頃やることをもっと増やそうとする。昔やっていた日本語のオンラインチューター、クラウドワークス、ライター?・・・。しかしどれもしっくりこない。それもそのはず「自分の世界を広げる=今までしたことのない新しいこと」を多分求めているのであって、できると分かっていることをして時間を潰すことではない。そしてここでどうしようもなくなる。「そうや!図書館や!色んな本見たら視野広がるわ!」となり、さっそく近所の市立図書館へ行くことにした。

私は引っ越しをすると、必ず近くの図書館を探す。図書館には雑多に色んな本が置いてあるので、気ままに色んなものを読んで、自分の凝り固まった頭を柔らかくするのにもってこい。しかも無料だし。それに無意識に自分が選ぶ本で、その時の自分の状況を知ることができる。ブラブラしていると、ふと右の本棚の一つの本「ひきこもらない」に目が留まった。『ひきこもらないかぁ。最近引きこもりがちやしな』と思って少し読んで、この本がとても気に入ってしまった。この本と他にも「旅の発見」「人にしばられず自分を縛らない生き方」「貧乏だけど贅沢」「世界中で迷子になって」を借りて、家に持ち帰る。

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この本を読んで、まず私はこの作者にお礼申し上げたい。というのも私はこの作者の方の性質にとてもよく似ており「そうそう、よく分かるー!あぁ、似たような人がいてくれてよかった。理解者が一人見つかった」と色んな面で共感し、安心できた。例えば協調性がなくて会社勤めが難しいこと、同じ家に何年も住み続けること、きちんと洗濯をしてきちんと畳んで収納すること(私には洗濯物を畳む理由が分からない。広げて使うのに)、飽きやすくて気が滅入りやすいこと、突然ふらっとどこかへ行きたくなること、世間で普通とされている暮らしにうまくはまれない等。さらにこうも言っておられる。

平穏や安定や協調というものが向いていない僕らのような人間は、常に落ち着きなくいろんな場所を移動し続けたり、定期的に仕事を変えたり家を変えたり、人間関係をシャフルしたりリセットしたりと、とにかく全力でフラフラし続けることが必要なのだ。

泳ぐのをやめると死んでしまう回遊魚みたいなもので、僕らみたいな人間は、何か普通と違うやり方をしないと「もたない」のだ。だから、どうすればいいのかわからなくても、ただひたすら思いつくままに動き続けるしかない。

Source: 「ひきこもらない(pha著)」

あぁ、そうだったのか!自分が常に動いていないと死ぬマグロみたいなものとは認識していたが、今まで自分の取り扱い方がイマイチよく分からなかった。しかしこれを読んで、ただひたすら思いつくままに動き続けることが自分の取り扱い方なのだと知った。さらに作者は「この本を読んだ人に、全力でふらふらと暮らすことの楽しさや面白さを伝えられたらよいなと思う」と書かれておられる。これを見て『え?!全力でふらふらしてもいいの?やったー!』と思った。自分の好きなことをして生きていこうと決めたくせに、なぜか自由にきちんと仕事をして、きちんとした生活を送ろうと、何かの枠に自分を無理やりはめ込もうとしていたことに気付いた。ふらふらしていることは、良くないことだと決めつけていた。別に誰にも迷惑をかけていないのに。

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もう一つ印象的だったのは、この文章だった。

同じ空間にずっといると飽きてしまったりするから、ビジネスホテルに泊るみたいにときどきちょっとだけ環境を変えてやって、何か少し世界に新鮮味があるような錯覚を自分に与えてやればいいんだろう。

大体世界に画期的な変化なんてほとんど起こらなくて、ほとんどは自分が少し世界の見方を変えることで何かが変わったような気がするだけだ。

Source: 「ひきこもらない(pha著)」 

今まで私は『世界にはまだ見ぬ素晴らしい物や事が溢れている!死ぬまでに、一つでもたくさんそれを見たり体験したりしたい!』と思っており、つまり自分は刺激的で面白い生活を送らなければならないと無意識に思い込んでいたのだろう。ところがそれができないと「お前は何もできていない」と、もう一人の自分がチクチクと攻撃してきた。が、この文章を読んで『 あぁ、そうなんだ。世界はその程度のもんかい。ほんなら、刺激的もへったくれもないわな』と、刺激的で面白い生活を必ずしも送らなくてもいいことに、どこかほっとした。

昨日図書館でこの本を手に取ったのは、偶然なのか必然なのか。「私も全力でふらふら暮らす!」と旦那に言うと、旦那は「いいと思うよ。僕みたいな人間は、ふらふらしたくてもできないしね。旅行にも(一人で)行けないし」と言う。そうなの?ふらふらできるのも一つの能力なのか?とりあえずこの作者がしているように、気が滅入ってきたらどこか知らない遠くの街にふらっと行くことにしよう。そしてシンガポールで気に入っていた、月の1/3は働き、1/3は何かを勉強し、1/3は旅をする生活を復活させよう。

全力でふらふらして暮らしている人にもっとたくさん会って、どんな生活を送っているのか聞けると面白いなぁ。