日本にいるからこそ🎐

日本人も知らない日本を知る

また人生が動き出す

10分間の模擬登壇と最終面接を経て、私は晴れて研修講師になった。最終面接で「ご主人は講師になることについて、どのように言っておられますか」と聞かれたので「講師になれたら、花火を打ち上げたいくらいと言っていました」と答えて、笑いを誘ったのが良かったのかもしれない。先週末の小籠包による中国語検定合格前祝に続き、明日は北京ダックで選考通過のお祝いをすることにした。

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この講師業のいい所は主に三つある。一つ目は、業務委託なので自由度が高い働き方ができる。どこかの組織に属する必要がないので、自分の時間をまるまる会社に売るのではなく、委託された業務の成果だけを売ればいい。研修日を除いて、いつどこで何時間働こうが自由。ちょっと旅行に行こうと思えば、講師はしばらくお休みすればいい。ただ成果を出せないと、契約解除ということにはなるが。日系の会社だと、通常目標管理を達成できなくてもクビにはならない。二つ目は、研修は日本全国で行われているので、今後別の場所に引っ越ししても職を失わずに済む。旦那の転勤で引っ越す度に新しい仕事を探すのは本当に疲れるし、慣れた頃に辞めなければならないので非効率だ。そういう問題が解消されるのはとても助かる。ただし日本国内だけの引っ越しに限られますが。三つ目は、自分に知識や経験が身について将来的に独立もできる点。

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これでやっと自分の生きる意味のようなものができて嬉しい。これから研修を通して他の人の役に立てるようにコツコツ努力するという目標ができたし、自分で稼いだ金で人に何かをプレゼントしたり、ご馳走したり、誰かをどこかへ連れていったり、さらに勉強したいことに充てたりすることができる(勉強したいことはたくさんある)。自分が取れる行動の範囲や選択肢が広まり、人生が豊かになる。それにずっとボーっとしていると、その生活に慣れつつある自分がいて恐ろしかった。毎日無為に過ごす空虚感を感じながらも行動を起こすのが面倒になっていき、チャレンジしてもいないのに『私はもう昔のように働けずに、虚しい生活を送るのかな・・・』などと思い出したところで、このままではいけない!とハッとした。そして今回の講師業に応募を決めた。あのままボーっとし続けていると、もうそれが普通になってしまったかもしれない。

(写真の勉強ももっとしたい)

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シンガポールから本帰国をして、もうすぐ一年。やっと自分の日本での生活が動き出そうとしている。あの約三年間に本当に色々なことがあった分、一年くらい休養が必要だったのかもしれない。焦って去年一瞬だけ職に就いたが、そんなことしなくてもよかった。いや、もしくはそれがあったからこうなったともいえる。あの仕事を辞めた後に自分が仕事を辞めずに済む条件を見直し、組織に属するのは無理なんじゃないかと悟った。学校に勤めるために自分用の小さな車を買ったおかげで、あのお気に入りのお山のカフェに行けるようになった。そこで人生のメンターと出会い、そしてなぜかカフェの臨時店主をすることになり、その後フリーランスになろうと決めた。自分の好きなことを仕事にしようと「好きなこと×得意なこと=できること」リストを作り、そこから今回の講師業への応募へと繋がった。どれの一つでも欠けていたら、今の結果にはなっていなかったように思う。

けれど一番自分の行く末に大きな影響を与えているのは、やはり人との出会いだったように思う。今回は自分の好きなことをして生きている人にたくさん出会い、囲まれ、それが身近なことに感じられるようになったのが大きかったのかもしれない。

また近々、あのカフェに行ってメンターやお姉さんとお話ししようかな。

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