日本にいるからこそ🎐

日本人も知らない日本を知る

次のステップへ少しづつ進む

こないだアメリカで寂しい 中国人女子を励ました時に、彼女が笑顔になったのを見て、自分がシンガポールで日本語を教えていた時のやりがいを思い出した。『そういえばこうして生徒さんを励まして、笑顔になるのを見るのが好きだったなぁ』去年日本で勉強したくない外国人を相手に教えるという仕事をしてから、外国人に教えるということがちょっとしたトラウマになっていた。シンガポールでうまく教えられていたのは、きっとまぐれだったんだ・・・とか、もう二度とこの仕事はするまいとか。そういうのを中国人女子は吹き消してくれた。そしてもう一度シンガポールにいた時に、日本に帰ってからやってみたいと思っていたこと「日本で文化の違いに悩む外国人をサポートする」の実現に向けて、動いてみることにした。

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再び、好きなこと×得意なこと=できること一覧表を見てみる。日本語を教えれば、日本の文化に困っている人の役に立てる機会はあるだろう。しかしシンガポールで使っていた日本語のオンラインTutorのWebサイトを覗いてみたが、なぜかもうそこには熱意を感じなかった。それにシンガポールを出る時に日本語教師のドアは自分で閉じたことを考えれば、これはもう開くべきではなかったのだ。一覧表の隅っこを見ると「何を言っているのか分からない人の話をまとめる」「まとまらない会議の進行」が好きとある(変わった趣味だ)。そこからこれを職業に転換すると何なのかを考える。ファシリテーター・・・何をfacilitateするのか・・・会議、イベント、ワークショップ・・・。ここでふと日本で働く外国人向けの研修というのを検索すると、なんと講師を募集しているではないか。「これだ!」しかも業務委託なので、自由が効いていい。しかしこの講師の採用率はかなり低い。しかも私の苦手な筆記試験がある・・・。まぁ世の中何が起こるか分からないし、応募するだけタダだし応募してみよう。

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月いちの臨時カフェ店主や畑のボランティア、写真のオンライン販売など色んなことをしたいけれど、何か一つ自分の本業というか軸みたいなものが欲しい。少し難しいことにチャレンジをして、コツコツと努力し、人の役に立てられるものを見つけたい。一時的な休養はあっても、自分の人生の意味みたいなものを感じられないまま無為に日々を過ごすことは、私にとってはある種の投獄に近い。

どうか少しづつ前に進めますように・・・。