日本にいるからこそ🎐

日本人も知らない日本を知る

国民性から入り、個人を理解していく異文化交流

毎週中国人女子と話す度に、新たな発見がある。彼女は前回アメリカ人の直球さについて言及していたけれど、今回はインド人の時間のルーズさについて憤っていた。「買い物に行こうって言うから待ってたら、約束の時間の二時間か三時間後に来たのよ。全然来ないから、もう今日は行かない。家で寝ていると言ったのに、うちまで来て私を連れ出すのよ。いっつも時間に遅れて来るのよ!」とご立腹だけれど、あんたもよく私との言語交換をすっぽかしてたがな。でも最近はものすごく時間を厳守するようになった。日本時間の11時に開始と決めると、本当に11時ちょうどに始めるようになったのは、このインド人の時間のルーズさから学んだのかもしれない。「インド時間やからねぇ。でもイライラさせられるのが嫌なら、無理につるまなくてもいいと思うよ」「私はあんまり断るのが得意じゃなくて・・・」ここから、断る練習を中国語でしてみる。「我们今天一起去吃饭吧!(今日ご飯行きましょう!)」「我想去。可是,我有点事。我们改天去吃饭吧。(行きたいんですが、ちょっと用事があるので、別の日に行きましょう)」「〇△□※☆, △〇□☆※, 〇△□※☆!!」「???(全く分からん)」

(インドでは道路も動物優先だしね)

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他にも彼女曰く、アメリカ人が反対意見を人に言うのに対し、中国人は「うーん」とお茶を濁して何も言わないとか。「そうなの?中国人はストレートに意見を言ったり、断ったりしているイメージだったけど。なんか日本人みたいねぇ」「そうよ。私自身よくない反応をストレートにするよりも、やんわりといい方法で伝えられるようにしているのよ」ほんまかいな・・・。結構直球ですけど。多分彼女のやんわりは、日本人にとってはまだ直球だろう。彼女の話を聞いていて、色んな要素が彼女のアメリカ生活を大変なものにしているのだなぁと思った。アメリカ人に加えて、インド人などの他の外国人留学生との文化の違い。何でも話せる友達を見つけることの難しさ。そしてそれは文化の違いだけでなく、最終的には彼女のパーソナリティー(打ち解けるのに時間がかかる、断れないなど)が大きく起因していることが分かる。異国で文化の違いに適用できた後は、結局自国にいようが異国にいようがあまり大差がないのかも。どこにいてもパーソナリティー自体は変わらない。

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私は彼女と話していく中で、まず中国人との付き合い方みたいなものを知った。そして今は中国人としてではなく、彼女一個人がどういう人なのかを知ろうとしている。すると深く話していく中で、ある程度の国民性みたいなものはあれど「中国人はこうだから」とひとくくりに出来ないことが分かる。今までどこか外国人にはダイレクトなコミュニケーションが許されると思っていたけれど、これも人によるので、あまり「〇〇人」という色眼鏡をかけずに人と付き合おうと思った。それにしても、色んな国の人と話すのは本当に面白い。今のところ、中国人、フィリピン人、シンガポール人と定期的にコミュニケーションを取っているけれど、もっと増やせないかな?