日本にいるからこそ🎐

日本人も知らない日本を知る

中国語の勉強につまずく

週一回中国語のオンラインレッスンを受けているが、楽しくなくなってしまった・・・。楽しくなくなった理由を考えてみると

①Tutorの日本語の説明がよく分からない

②Tutorのプロフェッショナリティに欠ける

③テキスト一辺倒の文法中心のレッスンはツマラナイ

もし自分が日本語を教えていた生徒が、新しいTutorのレッスンがこのように楽しくないと言ったら私はどうアドバイスするだろう。「何かそのTutorから学ぶメリットがあるか?」と聞くかもしれない。例えばシンガポールの中国語の先生は文法の説明が弱かったが、彼の人柄が好きだった。発音を熱心に正してくれたり、中国へ旅行へ行く時に役に立つ翻訳アプリを教えてくれたり、何かと異文化交流を図ろうとしてくれた。だから多少彼の英語が何を言っているのかわからなくても続けられた。そういう何かがないのなら、先生を変えた方がいいと私はアドバイスするだろう。私が日本語を教えていた時に最も重要視していたのは、生徒がつまらなくなって日本語を勉強するのをやめてしまわないことだった。ゆっくりでも続けていれば、少しづつ上達する。止めてしまうとゼロになってしまう。それだけは避けたかった。

結局私はオンラインレッスンはしばらく止めることにした。新しい文法や単語を次から次へとねじ込んでいっても、使えなければ意味がない。そして中国語学習の目標を、「中国を旅行する時に、英語を使わずに中国語だけで対処する」に下げることにした。その方が何を自分が勉強すればいいかが明確だし、実用的だ。日本から中国は近いので、週末にちょこっと行って試すことができる。自分が英語を話せるようになった過程を思い出しても、そんなにすぐに話せるようにはならなかったはずだし。

それにしてもいい先生に巡り合うことの難しさを最近色々と感じる。今回の中国語のTutorしかり、長いこと英会話を受けていたTutorもいい先生ではなくなって、もう彼のレッスンを取らなくなった。どちらもレッスンを取らなくなった決め手は、その先生のプロフェッショナリティに欠けるところだった。生徒が話しているのに四六時中何かをタイプしながら話を聞いているとか、レッスンの途中で電話に出るとか・・・。顧客を前にして、どうしてそうゆことができるのか私には理解ができない。しかも教える立場なのに。きっとこういった人はそもそもその仕事が好きじゃないんだと思う。好きでもないことをやっているとその仕事はただの作業になり、顧客の視点で物を考えられなくなる。

私は学校で日本語を教えていた時、結構楽しかったんですがね。いつもどう教えたら分かりやすいかとか、どういう授業がおもしろいかとか暇さえあれば考えていた。それに生徒が頑張って勉強しているのにも励まされたし、できるようになるのを見るのはとても嬉しかった。教えるのは難しかったが、人の笑顔を見たり人の夢を応援する仕事は大変楽しいものです。それに授業は生き物だから慣れることなんてなくて、常に緊張感があったし。

また何かを教える仕事をしようかな。と、ふと今日思った。