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下界で穂高生活の実現を試みる

穂高養生園から自宅に戻り、日常生活を送りながら「あれ?」と思うことがいくつかある。それは穂高での生活にはあって自分の日常生活にないもので、そのギャップを埋めていけばあそこで過ごしたような丁寧な日常生活を送ることができるのではないか。

穂高養生園での数日は、クーラーがないことによる暑さを除けば、南インドのアーユルベーダ施設で過ごした時のように何のストレスも感じなかった。もちろん自分が住んでいる場所に比べて自然が多く、プロが時間をかけて健康的な食事を出してくれるという特別さはあったが、基本的に私が現地でしていたのは①食べる②自然の中でヨガ③ボーっとするか本を読む④風呂に入る⑤一瞬だけ森を散歩。であり、普通の生活とあまり変わらない。(しかも部屋の掃除も、皿洗いも、洗濯もしていた)ラッフルズホテルに泊って高いスパへ行き、高級レストランで食事をし、激高のシンガポールスリングを飲むというものではない。にも関わらず、穂高での生活はとても満ち足りて気持ちのいいものだった。なぜか?

とても小さなことだけれど、穂高養生園はゲストが気持ちよく過ごせるような工夫がたくさんあり、それが自宅にはないことに気付く。例えば・・・

①食事中は心地よいBGMだけ

穂高では、食事をとるホールはいつも気持ちの良いBGMが流れていた。TVはないので食べることに集中する。しかも食べ物がめちゃくちゃおいしいので、それを味わいたくて携帯は見なかった。(私はよく携帯を見ながらご飯を食べていた)

自宅でご飯を食べる時はテレビをつけていることが多かったが、食べながら何かをするとしっかりと味わうことができず、食べることの幸せが半減する。

②さりげないお花

穂高では、かわいらしいお花のアレンジメントがさりげなく置いてあった。特にそれを見て感動したわけではなかったが、家に帰ってくると花のない部屋は殺風景で味気なく感じた。もともと洋蘭をよく部屋に飾っていたが、最近花を飾っていなかったことに気付く。

さっそく数種類の花や草?がミックスされた花束みたいなのをスーパーでゲットしてきたので、穂高のスタッフが生けていたようにかわいく生けようとしたら、できない・・・。なんとか花瓶にぶっさしたが、美しくない。私は花も満足に生けることができないとは。花を無駄にするのも嫌だし、この際フラワーアレンジメント的なものに通おうかな・・・。

(これはもちろん穂高にあったものです)

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 ③部屋が明るい

『なんかあの家に帰ると、気が滅入るわ~』と穂高の気持ちのよい部屋で思っていたのだけれど、家に帰って来て原因が分かった。私がよくいる自宅の作業机がある部屋は、なんかちょっと薄暗い。明るいところで時間を過ごした方が、私は気分が良い。薄暗い方が落ち着くという方もおられるだろうけど。

(すごく光が差し込むんです)

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④誰かの手で作られた美味しい食事

穂高での一日の一大イベントは、食べることだった。あそこの食べ物は本当においしかった。普段ならおいしくても量が多すぎると、後々お腹を壊すのが嫌なので私は残すのだけれど、穂高では『お腹を壊してもいいから、もっと食べたい!』というのが勝ち、おかわりしていた。その後やはりお腹を壊したんですが。

美味しいと感じるのは味だけではなく、誰かが自分のために手の込んだ料理を作ってくれたという嬉しさや、この食事は新鮮な野菜や自然な食材からできている=健康的という意識が働いてのことだと思う。誰かに作ってもらうことはできなくても、『このご飯は健康的だ』と思えるおいしいものを、自分で作ることはできるはず(多分)。おいしいものを食べるのが好きで時間もたくさんあるんだったら、どうして今まで自分で美味しいものを作らなかったのだろう?機械みたいに毎日の献立を考えて、買い出しに行ってただ料理をしていた。特に『美味しいものが食べたい!』と思って献立を決めたり、料理をしていなかった。

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⑥自分がしたいことを自由にできる

したくないことでもしないといけないことはたくさんあるのですが、しなくても別に死なないことで実はしたくないのにしていることもあるようです。穂高にいた間、私は英語や中国語などの勉強の類は一切しなかった。自然の中でボーっとしたり、宿に置いてあった本を読みふけっていた。ということは、英語も中国語の勉強もそんなにやりたいことじゃないんじゃないか・・・。

いやそんなことはないけれど(と信じたい)、勉強だから長時間やっても幸せ度が上がるという種類のアクティビティではないのに、毎日結構な時間これに費やしていた。なぜ時間を100%何に使うか今は自分で決められるのに、自分が幸せと思うことにたくさん使わなかったのか・・・。今日から送る生活の種類を変えようと思う。過ごし方は何でもよくて、最終的に自分が心地よかったり幸せと感じられないと意味がない。

こうして今日から下界での穂高生活の実現を目標に、あれこれ変えてみることにした。そして旦那をいつか穂高養生園に連れて行き『あ~こういうことだったのか~!』と、本物を味わってもらうことにしよう。それまで、私によるプチ穂高的生活をお楽しみください。