日本にいるからこそ🎐

日本人も知らない日本を知る

ゆるやかに流れていく日本のとある金曜日

今日も私の日本の生活は、気ままにゆるやかに流れていく。

まず中国語のオンラインレッスンの無料体験から始まる。先生は中国で日本人相手に旅行ガイドをしていた、西安出身のなぜかお名前がTomokoさん。日本語が達者。「早上好(おはようございます)」「早上好~」「〇×△□☆※,〇×△□☆※」「???(早くて分からん)你再说一遍,好吗?我的听力不太好(もう一回言ってもらえますか。私のリスニングはひどいですので・・・)」この先生が初めに言ったのは「初めまして。どうぞよろしく」だった。私はそんな初歩的なフレーズも知らなかったとは・・・。今に知ったことではないが今日改めて思ったのは、ある程度の文法と単語を知っているはずなのに、私の中国語は実質的に役に立たんということだった。如何せん話す練習をしていなかったために文章を組み立てるのに時間がかかったり、英語と日本語の語順とこんがらがって混乱する。英語を本気で勉強した時もそうだったが、ここからはプライベートレッスンできちんと文法を習いそれを会話の中で使う訓練をして、その表現を使って言語交換パートナーの中国人女子と話すということをしていくことにした。Tomoko先生は教え慣れており、しかも淡々と教えるところも気に入ったのでこの先生からしばらく習うことを即決し、毎回同じ先生から習う定期受講コース(50分/回で約1,500円)を申し込んだ。ただ彼女は発音をシンガポールで習っていた中国語の先生ほど熱心に正してくれないので、月一回くらいはシンガポールの中国語の先生とSkypeでちょっと世間話でもして直してもらうことにしよう。

(テキストがまた”お会いできてうれしいです”からになった・・・)

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引き続いてオンラインで英会話を受ける。フィリピンに住んでいるイギリス人のJimさんとは一回25分×週二回話しているのだけれど、私の場合、一週間日本語だけを話すと英語の音を出すのがちょっと難しくなる。(日本語の音は英語や中国語に比べてペタッとしており、音を出すのに口や舌をあまり動かさないので、多分口が固まるのだと思う)二週間全く英語を話さないと、残念なことに流暢さが低下する。なのでJimさんと話すことで、自分の流暢さが落ちていないかを定期的にチェックしている。

さすがに中国語→英語と連続で話すと疲れて、昼寝をする。そしてむくっと起きて、本屋へ行く。日本語の本をこれだけ惜しみなく見ることができるのも、日本に帰ってきて嬉しいことの一つだった。シンガポールの紀伊国屋にも日本語の本はあったが、種類が限られていた上に値段がまたやくざなので(本は約二倍で売られていた!)、スッと買えなかった。日本の本屋では目的もなくブラブラと本を見て、気に入ったものを買うということが気軽にできてよい。

そして上島珈琲のテラス席でコーヒーを飲みながら、本を読む。この大富豪からの手紙に書いてある色んな事に強く同意する。それはまさに私がシンガポール生活やそれ以前の人生で実際に自分で体験してきたことそのものだった。例えば①偶然に偶然が重なっておもしろいことが起こることや、②決断することが今と未来の回路を作ること、③理性や論理よりも直感が必要な時があること、④行動しないと何も始まらんということなど。特に①はシンガポールで人との出会いによってたくさんもたらされた。北京出身のJoyceと仲良くなり、なぜか仕事の通訳を頼まれて爆発し、その足で手相占い師のTeoさんのところに駆け込み、その後Teoさんと懇意になった。またJoyceが住んでいたエリアが気に入ってそこに引っ越しし、最後の一年は大変充実した。さらにあるインド人に出会って日本語教師の職を紹介してもらい、シンガポール政府系のローカル校で教鞭をとった。日本語を教えていた中華系の生徒の影響で中国語を勉強し出し、NY在住の中国人女子と言語交換をする運びになった等。f:id:Nisshi:20180525202551j:plain

この大富豪からの手紙には、そういった人生の重要なエッセンスがストーリーと共に書かれていた。『この作者はどうやってこういう法則に気付いたのだろう』私が夕陽に照らされながらもくもくと本を読んでいる間に、テラス席は3人の男性が来てはタバコを吸ったりボーっとして去って行った。そしてふと、シンガポールで生活することになった自分宛てに送ったアドバイスを思い出す。『時間を埋めるようにして何かをしなくてもいい。のんびりどこかのカフェで本を読んだり、家でボーっとしたり近所の猫と遊んでいるだけで心が平和になるならそれでいい。』はいはい、あなたのアドバイスをきちんと守っていますよ。

nisshi.hatenadiary.com

シンガポールから日本に戻ってきて、約四週間が経とうとしている。こうして今週もゆっくりと私の日本の生活は終わっていった。