日本にいるからこそ🎐

日本人も知らない日本を知る

日本の自然の美しさに感動する

翌日も朝から風呂に入り、朝食をたんまり食べて宿を後にした。確か宿の近くに小銭か何かを投げて、しかるべき場所に入ると願いが叶う場所があったはず。とりあえずそこにだけ行っておくことにした。場所がよく分からなくても、車の窓からその辺のおじちゃんに気軽に日本語で聞けて便利。

一人のおじちゃんは歩いて10分といい、もう一人のおじちゃんは20分と言った。多分20分かかるので、わさびアイスを食べながら行くことにした。おばちゃんが「食べた後にツーンときますよ」と言ったので、その場で食べたら「(???まろやかな普通のおいしいアイスやないか)あ!きたー!!」と想定通りの反応をすることになった。

f:id:Nisshi:20180508162315j:plain

アイス片手に川沿いの美しい道を行く。f:id:Nisshi:20180508162330j:plain

ここは秋に来ると紅葉がきれいそう。

f:id:Nisshi:20180508162355j:plain

そしてお目当ての場所にたどり着く。小銭ではなく、石を投げるものだった。

f:id:Nisshi:20180508162645j:plain

近くに投げるのとちょっと遠くに投げるのがあり、遠い方にチャレンジする。そして思った通り失敗する。

f:id:Nisshi:20180508162650j:plain

さらに奥へ進むと滝があった。あぁ、マイナスイオンを感じる・・・。f:id:Nisshi:20180508162711j:plain

私はシンガポールから日本に戻ってから、おいしい物を食べた時や物事がスムーズに進むのを目にし、何回も『日本人でよかった。日本に戻ってこれてよかった』と思った。そして伊豆で美しい自然に触れた後に、こうも思った。『色々な社会問題はあれど、日本という素晴らしい国に住めること自体に感謝しないと』安心して新鮮でおいしい食べ物が食べられ、自然が美しく、基本的に平和。それぞれの国にはそれぞれの良さがあるので単純に日本と比較はできないのだけれど、それでもシンガポールにいた時のように魚介を食べて当たったり、ビルに囲まれて息苦しかったり工事で常にやかましかったり、アメリカにいた時のように治安が悪くて外を歩けず、移動は常に車などということもない。安心して暮らすことができ、疲れたらすぐに自然に癒されに行くことができる。でも残念ながら日本人はそれが普通の環境で生まれ育っているので、なかなか日本の良さに気付くことができない。もったいないことだと思う。

f:id:Nisshi:20180508164006j:plain

私も時間が経ったら、今感じている日本の素晴らしさが当たり前になっていき、また分からなくなってしまうのだろうか。そうなる前にたくさん日本の良さを感じ、ここに記録しておこう。そうすれば、いつまでも日本に戻って来た頃の新鮮な目線を保つことができるだろうから。

伊豆の温泉で引っ越しの疲れを癒す

ある程度新しい部屋に家具なども揃ったところで、引っ越しの疲れを癒すことにした。国内の引っ越しだけでも疲れるのに、国をまたぐとさらに疲れる・・・。関西からだと新幹線や特急などを乗り継いで遠かった伊豆も、今は車で約二時間と近い。しかも宿へ向かう道中は遠くに富士山が見え、山道に入ると緑が美しい木々の中を通り抜けたり山々が近くに感じられるなどし、ドライブしているだけでもとても気持ちが良かった。

宿に着くと、何やら見覚えがある。「あれ?前にもここに泊まらんかった??」9年前に旦那と伊豆の温泉に来たことがあったが、何と気づかずにあの時と同じ宿を取っていたらしい。どうやら宿の名前が微妙に変わったようで、同じ宿と気づかなかった。

f:id:Nisshi:20180508150248j:plain

f:id:Nisshi:20180508154915j:plain

レセプションの和のインテリアにホッとする。

f:id:Nisshi:20180508150333j:plain

(女子は浴衣を貸してもらえます)

f:id:Nisshi:20180508155022j:plain

畳の部屋に泊まるなんて何年ぶりだろう。ここ数年はずっとベッドの宿にしか泊まっていなかった。私はこの後、畳を十分に楽しんだ。大の字になって寝転んだり、イグサの香りを嗅いだり。シンガポール人が昔「日本で畳を試してみたい!」と言っていた意味が分かった。こういうことをしたかったのだ。

f:id:Nisshi:20180508150356j:plainところで部屋に入った瞬間、茶葉の香ばしいいい香りがした。スタッフの方に「お香ですか?」と聞くと「いえ茎茶です。茶香炉でこうして香りを出せるんです。」とのことで、茎茶がお香代わりに使われることも、茶の香りを嗅いでいるだけでこんなにも癒されるものとも知らなかった。あまりにも香りが良すぎて、何回か近くへ嗅ぎに行ってしまった。同じセットをどこかで買おう。f:id:Nisshi:20180508150419j:plain

さっそく昼間に風呂をまず堪能する。湯に浸かった時に、心身が一気に癒されていくのを感じた。それに川のせせらぎが聞こえて、癒し度MAX。ちなみにこの部屋には風呂が二種類ついており、抹茶の粉をお湯に入れて抹茶風呂にすることができた。

f:id:Nisshi:20180508150408j:plain

そして待ちわびていた夕飯の時間になり、料理が次々と運ばれてくる。日本なのに思わず「Oh no!!」と言ってしまうほど豪勢な食事だった。あまりに舟守に刺身が乗りすぎていて、テーブルに運ばれる途中で鯛が一切れペラッと畳に落ちたのが面白かった(笑)豪勢すぎる料理を前に「なんか・・・もうお腹いっぱい」と逆に食欲がなくなった旦那を無視して、私は黙々と食べる。シンガポールにいる間、胃腸を壊してしまいあまりたくさん食べられなかった。それに魚介類を食べるとよく当たったので、避けていた。そういったシンガポールで制限されていた食欲がここにきて一気に爆発した!

f:id:Nisshi:20180508151038j:plain

お腹がいっぱいで動けないが、また風呂にだけは入る。夜は外のライトアップや風呂場の橙色の灯りがいい雰囲気を出していた。天井にくっついている蝉や毛虫とも『虫も自然の一部』ということで、今回は共存して風呂に入った。もしここが東南アジアの宿だと『ぎゃああー!!』となり、誰かを呼びに行っただろうけど・・・。

f:id:Nisshi:20180508151035j:plain

お布団を敷いてもらっている間、お兄さんと雑談する。「え?今週月曜日にシンガポールから引っ越してきたばかりですか?」はい、そうです。この日は土曜日。数日前の火曜日に東京から新居に移動してきて、その後生活に必要な最小限の雑品などを揃えて、その週末には伊豆にいる。火曜日から木曜日くらいまで、私は何かをするとすぐにめまいを起こし、しかもエネルギーがすぐに切れて夜に風呂に入る力が残っていなかった。『そら疲れるわな・・・』と一人苦笑いしながら、この日は珍しく畳の上のお布団でスヤスヤと寝た。

シンガポールから日本茶の産地へ

シンガポールに住んでいた間、飛行機で何時間もかけて色んな茶の産地へ行った。スリランカのセイロンティーで紅茶のおいしさに目覚め、次はダージリンティーを堪能しにインドへ。そして中国茶が好きになり、龍井茶(緑茶)の産地である杭州(浙江省)と鉄観音茶(烏龍茶)で有名な安渓(福建省)へ行った。『あぁ、日本茶の産地にも次はいかなあかんなぁ』と思っていたら、”そんなに茶が好きなら、はいどうぞ!”という感じでなぜか日本茶の産地に住むことになった。人生は分からないものです。私に茶をもっと知れということか・・・。

新しい住まいの窓から茶畑が見えて、大変目によい。

f:id:Nisshi:20180507091351j:plain

しかもちょっと外に出るとこのように普通に富士山が見え、びっくりした。富士山は新幹線の移動から一瞬だけ見るか、ポストカード的なものでしか見たことがなかったので『あ、富士山ってちゃんと存在してたのか』と感心してしまった。しかも皆さん富士山を無視して普通に生活しているように私には見える。

f:id:Nisshi:20180507091603j:plain

三年間のシンガポール生活を経て日本に帰ってくると、日本の何もかもが新鮮に映った。きっと私が今見たり感じたりしている日本は外国人の目線に近いと思われ、色んな事に一喜一憂しながら毎日を送っている。

まず日本の食べ物は格段においしい。また大変健康的。野菜や魚が多いしスパイスでどぎつく味をつけたりせずに、素材の味が極力感じられるように調理されている。シンガポールから東京に着いた日の夜、品川の小さな居酒屋で身の引き締まった刺身やキンメダイの煮つけ、レンコン焼き、揚げ出し豆腐などを食べた時の感動が忘れられない。色々な疲れが吹き飛んでしまった。それだけでなく、その辺のチェーン店の讃岐うどんや牛丼などありとあらゆるものがとても美味しく感じられる。(私は食べなかったが、シンガポールの牛丼はひどかったらしい。讃岐うどんもローカライズしてあるのか、あれは結構ひどかった)こないだまで中華系シンガポール人みたいに冷たいものをあまり飲まなかったが、牛丼をかきこんでいる時に湯を飲むのを止めてお冷に変えた。湯なんか飲んでいると熱いのでイチイチ時間がかかり、おいしいご飯を次々と口に運ぶことができなくて煩わしい。体に良くないとかどうでもいいから、早くおいしいものを口にかきこみたい!という欲求が勝った。

次に自然が多くて素晴らしい。シンガポールのコンクリートジャングルから、一気に緑が多くなった。目で緑を感じ、鼻でつつじの花や雨の香りを感じ、耳で鳥のさえずりや風でこすれ合う葉っぱの音などを感じる。そういう中にいると『あぁ、自然の中に生きてる!』と思う。シンガポールにいた頃の工事のやかましさはもうない。そして相対的に公共のマナーがよい。道で寝ているインド人もいないし、エレベーターや電車から人が降りる時は、みな降りる人をきちんと待ってから乗っている。(シンガポールだと待たずに乗ってくる人が多く、中国だと後ろから押された)みな周りの人に迷惑にならないように注意を払って行動している。

一方でがっかりしたり、窮屈だなぁと感じることもあった。東京で乗ったタクシーのクオリティがひどかった時に『日本に来れば、何もかも高品質で安心』と思い込んでいたが、そんなことはないのだと思い知った。日本で当たり前のことが当たり前でないシンガポール生活を送っていた中で、自分がある種日本に対して過度な期待を持ちすぎていたのだと改めて知る。窮屈なのは、外に出る時にある程度まともな格好や化粧をしないといけないと自分が思うところ。シンガポールだと訳の分からない格好でも誰も気にしないが、日本だとちょっとそうはいかない。常識のない人とか、ちょっと変な人みたいなくくりに入れられてしまう。

あとはサービスが丁寧で細かすぎて、気が狂いそうになったことくらいだろうか。配達してもらった家具に、ほんの少しの汚れがあることに配達員の方が気づいた。(私は気づかなかった)えらく謝られ取り替えると言って頂いたのだが、こんなちょっとの汚れなんか気にしてたら生きていけない!あと家具を組み立てる時にお兄ちゃんがフローリングに何かを落っことしてしまい、ちょっとした傷がついた。別に何も言われなければ誰も気づかない程度である。これもまた何度も平謝りされなぜか写真を撮って行き、お兄ちゃんが帰られた後にその会社からもすぐに謝りの電話が入るなど、色々な対応の大袈裟さにびっくりしてしまった。

(鯉のぼりを久々に見た)

f:id:Nisshi:20180507123109j:plain

すばらしいしこれが日本の社会だけれど、私は昔このようなちまちました世界で色んなことを気にしながら生きていたのかと思うと、ちょっとしんどくなってしまった。レジを打つ店員さんがやたらとセカセカと動き回るのを見ても『何をそんなに慌てているだろう?もっとゆっくりやったらいいのに』と思ってしまう。シンガポールでは店員さんがのんびり袋に商品を詰めるのを、私はいつもじーっと見て気長に待っていた。こういう時はシンガポールの色んなことへの大らかさや、自由さが懐かしくなる。これから日本の社会に自分が溶け込んで行っても、そういう色んな物事への大らかさや鈍感さみたいなものは失わずにいたい。

なにはともあれ、やはり自分の国に帰ってくるとホッとする。三年前は気づかなかった日本の素晴らしさを感じながら、ゆっくり日本社会に適応していきますか。まずは温泉で疲れを癒してから。