日本にいるからこそ🎐

日本人も知らない日本を知る

受給期間を延長していた失業保険のゆくえ

約三年前に10年働いた会社を退職し、失業保険をもらう暇もなくシンガポールへ引っ越したのだけれど、当時の私はきちんと失業保険の受給期間の延長というのをしていたようで、日本に戻って来た今その失業保険を受け取ることができる。確かあの時会社の最終出社が月曜日で、その週の土曜日には日本を出てシンガポールへ移った。よくあのドタバタの中で色々とちゃんと手続したなぁと思う。昔の自分を褒めてあげたい。

(興味をそそられて、吸い込まれるように店内に入る)

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こんなこと言うとあれなんですが、この失業保険を受け取る手続きがまためんどくさい。へんぴな所にある大きめのハローワークへ行かねばならなかったし、ちまちました書類を書かねばならなかった。そういう手続きにここ数年遠ざかっていたので、書類の意味が分からなかったり、書き損じたり、抜けていたり・・・。しかもここで職など紹介してもらう気なんて始めからなかったので、適当に書いて受け答えしていたらおじさんに怒られた(笑)いい歳して常識のない日本人で申し訳ございませんでした。役所や銀行や携帯電話を作る時も思ったけれど、日本のこの紙の書類の多さは一体何なのだろう・・・。なぜテクノロジー立国なのに、いつまでの電子化せずに紙に原始的に書いているのだろう。

(カウンターとテーブル席がある)

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失業保険をもらうまでに結構な工数がかかる。まず失業保険の仕組みや必要な書類の書き方などの説明会が別の日に4時間もある。何をそんなに説明することがあるのか。書類の書き方なんてWebか何かに載せて頂けませんか。その翌週にまた何かの説明会がある。それが終わると28日周期でハローワークへ行き、28日間の間に最低二回は就職活動をしていることを報告しなければならない。この就職活動というのはハローワークにある端末で求人をチェックし、所定の書類にゴム印を押してもらうと就職活動をしたとみなされるとのこと。(自分で自宅でネットで求人を検索するだけでは就職活動とはみなされない)

(お菓子付きお茶セット500円。お茶は三種類から選べ、あとで湯がくるので三杯飲めます)

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ちなみに私の場合は最長で約4カ月間失業保険が給付されるらしいので、半年くらいは休養して失業保険でしばらく遊んで暮らすことにした。シンガポールにいる間、日本に帰国したら体験したり行ってみたいと思ったところがいくつかあった。茶道、着物を着て歌舞伎を見に行く、浴衣を着て夏祭りに行く、伝統工芸品を見て周る、日本酒の酒蔵巡り、茶摘み、古民家と宿坊に泊まる、郷土料理をたくさん食べる、富士山に登る、北海道の桃岩荘へ行く等。特に福島へいかねばならないと思った。シンガポールで何人かのシンガポール人や外国人に福島でとれた野菜は害がないのかを聞かれたり、またあそこで取れた野菜は危ないから日系スーパーで買わない方がいいなどと言われた時に、言い返すだけの情報を持ち合わせておらず悔しい思いをした。それにいち日本人として恥ずかしくもあった。テレビや新聞の情報が必ずしも正しいとは限らないので、福島の今を実際に自分の目で見てそのような質問に対して自分の言葉で説明できるようになりたい。

(この急須は網が急須の内側にペタッとくっついており、急須と一体化している)

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シンガポールへ引っ越した時は十分な休養を取らずに焦って会社勤めを始めて、結局爆発して半年後に辞めた。そしてシンガポール周辺国を三か月旅し、一カ月に一回はシンガポールへ戻ってくるということをした。今回は始めから半年は休養することを除けば、自分がシンガポールへ行った時とほぼ同じことをすることになる。あぁ、やはり旅は私の人生には欠かせない重要な要素なのだ。もうすこし休んだら、旅先リストと各種予算と旅程案を作るか。

外国人と言語交換を続けるコツ

シンガポールからの引っ越しに伴い、一時期中断していた中国語の勉強を再開する。文法を習得したり定期的に話す機会を作るため、まずは新しい先生を探すことにした。ただ今後日本のどこにいるのかよく分からないので、英会話同様に中国語もまたオンラインで授業を受けるべく、こちらのオンラインレッスンサービスの無料レッスンを申し込んだ。シンガポールを出てから三週間全然中国語を話さなかったので、ちょっと勉強しておかないと・・・。

BitEx中国語学習ポータルサイト。中国語辞書、教材、検定資格、中国語会話、eラーニング、オンラインスクールなど多数のサ

そしてNY在住の中国人女子との言語交換も再開する。実は先週末に時間があれば話しませんか?とSkypeでメッセージを送っていたが、音沙汰がなく『あぁ、なんか引っ越しのどたばたで途切れたなぁ』と残念に思っていた。でもまぁよく私の訳の分からない中国語に去年の12月中旬から付き合ってくれたなぁ、ありがと。とも思っていたら、今朝「ごめん、最後のテスト昨日終わったのよ。もういつでも話せるわよ。長いこと話してなかったから、たくさん話すことあるわね。ははは!私は超フリーになったわ。日本語勉強するわ」と連絡があった。・・・もっと早く連絡しろ。まぁいいや。引き続き私の訳の分からない中国語の話し相手になってもらえるようで、ありがたいです。それに日本語を教えるスキルも使わないと損なわれていきますので、維持できて助かります。彼女は賢いので日本語の習得も早いだろう。必ずうまく話せるように教えてみせますよ。

(コロンス島からみた厦門。まるでシンガポールのようだった)f:id:Nisshi:20180522220134j:plain

ところで言語交換を長く続かせるこつは、ゆるく適当にやることだと思う。あんまりかっちりやると、お互い疲れて長続きしないと思う。例えば我々は毎週NY時間の土曜日の22時に話すと決めて、それを習慣にした。ただお互い善意で言語を教え合うだけなので、都合が悪ければ事前に連絡をしてスキップすればいいし、彼女は15分くらい普通に遅刻してくるが私は特に何も言わない。(海外では15分以内の遅れは遅刻と見なさないようで)あとたまに忘れられたり、メッセージを送ったのに返信が一週間後とかいうこともあるが気にしない。というか外国人と付き合っているうちに、そういったことに慣れてしまった・・・。昔は他人のミスにとても厳しかったが、シンガポールに住んでから自分もミスをすることはあるので、ある程度他の人のミスに寛大になった方がいいと思うようになった。

さてこの三月に受けたHSK3級には合格したし、次の目標設定がいる。せっかく北京語を勉強していることだし、北京に行くか。そして現地の人がどんな風な生活を送っているのか、どこかのおうちにホームステイみたいなことをさせてもらって見てみたい。新聞やニュースなどによると、中国は日本よりも日常生活の中でIT化が進み無人店舗なども増えているという。(店員の接客よりも機械の方が不愉快な思いをしないらしい)確かに去年中国へ行った時、店の会計はみな携帯で店のバーコードを読んで支払っていた。現金で払っているのをあまり見なかった。個人的には田舎が好きだが、中国の都会が今どんな感じになっているのか見るのも面白いはずだ。あとできれば南にも滞在してみたい。北と南では文化がかなり違うというから。

(杭州も都会でした。日本と変わらないと感じた)

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去年9月末に杭州と厦門へ中国茶の旅に出た一年後あたりにまた中国へ行って、現地の人と日常会話ができるのを目標にしますか。

日本の知らないおじいちゃんの温かさ

スーパーに併設されている小さなおでん屋で、お昼を食べることにした。「すみません、ここで食べます。おにぎり二個とおでん(だいこん、こんにゃく、牛すじに似ているが違う部位のとこ、黒はんぺん)ください」「おだいこんと〇〇と・・・お粉はかけますか?」「(だいこん?粉?静岡の人は上品・・・)はい、かけてください」静岡ではおでんに鰹節やイワシパウダーのようなふりかけをかけるのがスタンダードなよう。青のりも入っていることが多いらしいが、女子が歯に着くと困るのでここの店では除いてあるらしい。「水かお茶あります?」「すみません、アイスコーヒーしかないですねぇ」おでんから水分を取るか。店の前にベンチがあり、そこで既におじいちゃんがおでんを食べ終わったところだった。おじいちゃんが自分の食べた皿を指さして「すみませんねぇ」と言うので「???(何がすみませんなのだろう)いえいえ」と言って、斜め前くらいに座る。

(今日は写真がありませんので、ビーチの写真をお楽しみください。個人的に一番美しかったのはニューカレドニア)

f:id:Nisshi:20180521165257j:plainむしゃむしゃとおにぎりを食べ、無心でおでんにがっつく。するとおじいちゃんがアイスコーヒーを注文しようとし、私に「飲み物ほしいでしょう。ミルクと砂糖はいる?」と聞いてくれる。「え?!いえいえ、大丈夫です。ありがとうございます」と言っているのに、まぁまぁと言って聞かない。百円を渡すも受け取ってくれない。「そうですか、すみません。じゃあ、砂糖もミルクも入れてください。ありがとうございます」海外ではよくローカルの人と話して仲良くなり、チャイや飲み物などをご馳走してくれることがあった。まさか日本でしかもこんな大の大人になって、なぜか見ず知らずのおじいちゃんにコーヒーをご馳走頂くとは・・・。私の一体何がそうさせたのだろう。

(次にフィジー)

f:id:Nisshi:20180521164941j:plainお一人だったので、誰かと話したいのかな?と思い話しかける。「この辺にお住まいですか?」「いや、この辺じゃないんだよ。お姉さんはこの辺?」お姉さん?「いえ、住まいはここからチャリで10分くらいのところです」その後、私は様子を伺いながら引き続きおでんをむしゃむしゃ食べる。おじいちゃんは特に何かをそれ以上話してくる訳でもなく、コーヒーを飲み終わると帰ってしまった。「ごちそうさまでした」「いえいえ」ニコニコとした優しそうなおじいちゃんだった。お店のおばちゃんに聞く。「あの方はよくここに来られるんですか?」「たまにスーパーで買ったお弁当を買って、ここで食べてるよ。お一人みたい」そうですか。じゃあ私もまたここに来て、次はコーヒーをご馳走し返しますね。その後このおでん前ベンチスペースには別のおばちゃんが来て「こんにちは」と私に挨拶をし、おでんを食べて行った。おでん屋のおばちゃんは「好きなだけおでんを食べて、後でお金払ってくれたらいいから~」と言っていた。なんか新鮮。次に子供連れの親子が来て、アイスクリームを食べて行った。

(タイのタオ島もなかなかきれいだった)

f:id:Nisshi:20180521165105j:plainなんだか私には色々と不思議に映った。知らない人に突然コーヒーをご馳走になる。知らない人同士が挨拶をしてちょっとした会話をしたり、他の人を気にすることなく普通におでんを並んで食べる。そういったことが、ここではごく当たり前のように自然に行われていた。私が約三年前に住んでいた日本の生活では、そのようなことはあまり起こらなかった。近所の人と挨拶なんかしなかった。すれ違ってもお互い知らないふりが多かった。突然知らない人にコーヒーを奢られたら、多分『何か他の意図があるのか?』と警戒したと思う。知らない人と並んでおでんなど食べるのは、居心地が悪かったように思う。私が変わったのか?

(マレーシアのランカウイはきれいだが、クラゲ大量発生で泳げず)

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シンガポールは異国だったので、外をうろうろしていれば割と面白いことが起こりやすかったが、日本でも面白いことが起こるもんだなぁと思った。それにしてもシンガポールのTeoさんしかり、なぜよく色んな人が私に食べ物を与えてくれるのだろう??そんなにおいしそうに飲み食いしてますかね?次にまた同じことが起こったら、その人に聞いてみよう。

和風民家のケーキといぐさを楽しむ

今日は近所のケーキ屋「草里(ぞおり)」へ甘いものを食べに行く。ここももちろん接骨院のお兄さんの情報。こないだ教えてもらった殆ど全部の店へ行ったと言ったら、また次から次へと色んな店の情報を教えてくれた。そのうちの一つがケーキのおいしい店だった。さすが、ジモティは何でも知ってるね!

ナビに従って向かうと、なんだかえらい民家の多いところへ入って行く。お店は本当に「ここ?」となるような民家の一角だった。

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店内は畳のスペースもあり、和とレトロな感じがとてもいい!そして混んでいる。

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ケーキは自分でディスプレイを見て注文し、飲みものは席で頼む。紅茶がアッサム、ニルギリ、ダージリンで迷う。『どうしようかなーダージリンティーは本物の味じゃないことが多いしな・・・ショートケーキを食べるにはアッサムは濃いしなー。ニルギリはあんまり好きじゃないけど、ショートケーキと合わせるにはちょうどいい濃さか』などと考えながら、ニルギリを選んだ。

旦那はコーヒーを頼んだのだけれど、このカップが非常に美しい!なんなのだろう。シンプルなデザインだけれど、モダンで全ての模様の配列が完璧。

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私のカップも美しい。紅茶をいれるとさらに美しい。私はあまり食器類には詳しくないが、それでも一目見てこの食器の美しさはわかる。また新しい世界を発見した。

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ショートケーキは軽めの食感でおいしかった。なんという幸せなのだろう。ここで旦那と今朝CNNで放送されていたハリープリンスとメーガンの結婚式特集の話になる。私がそのニュースで興味を引いたのは、結婚式そのものよりもメーガンが自身のアイデンティティについて思い悩むことがあったという一節だった。彼女のお母さんは黒人、お父さんは白人。自分は一体何人なのか?という疑問。私の中華系シンガポール人の友人達は、自身をシンガポール人だと言い、また中国人だとも言った。彼らは自分たちのアイデンティティを元々持っている民族に紐づけていた。ところが日本語を教えていた中華系アメリカ人(日本人のクオーターでもある)は、自分のことを”アジア人”と言っていたのが興味深かった。アメリカ人でも中国人でも日本人でもない。難しい問題だと思った。私は純粋な日本人であり、いつも外国人に自己紹介をする時は「日本人です」と普通に言ってきた。しかし自分が「〇〇人」とはっきり言えない場合、それが自分のアイデンティティを確立するのにどれくらい影響を及ぼすのだろう。でも結局はその人が何人であれ、その人がその人であることに変わりはない。明日なぜか私が書類上シンガポール人になったところで、昨日の私と何ら変わりはないのと同じだ。

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帰りにニトリに寄る。そしていぐさコーナーを発見する。残念ながら今のおうちには畳の部屋がないので、せめていぐさの香りがする小さな畳を購入することにした。いろんな畳製品の匂いを二人で嗅ぎまくって、ちょっと怪しい客になってしまった。

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(ちょっと小さくて寝返りが打てない。あと三枚必要)

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日本に帰ってきてから、昔はあまり気に留めなかった和の物に目が行くようになった。美しい箸、かんざし、畳・・・。かんざしはモダンなデザインにはなっても、今もなお若者に使われていることを江戸時代の人が知ったら喜ぶだろうな~と思う。

日本の伝統医学「漢方」にお世話になる

自律神経の乱れを整えるために理学療法としての接骨院への通院に加えて、薬物療法として漢方の助けも借りることにした。むつごろう薬局という漢方専門の薬局があり、ここはSkypeでのリモートカウンセリングや薬の送付もされているようで先進的。

www.mutsugoro.co.jp

予約は必要ないとのことなので、飛び入りで店に行きカウンセリングをお願いする。記入用紙に気になる症状を書き、それを元に薬剤師さんが色々と聞いてくれる。 「手や足の裏によく汗をかくというのは、もともと人間が緊急時に逃げる時に滑らないようにするためだそうです。なので交感神経が優位になったままリラックスできていないみたいですね」変な汗をかくのもそうだけれど、一番困っているのは何かをするとすぐに眩暈を起こすことと、音が異常に大きく聞こえて耐えられずに耳栓がたまに必要になることだった。「どれくらいでよくなるもんですか」「だいたい悪くなった期間と同じくらいかかると言われています」本帰国が決まり日本へ一時帰国をした3月末からおかしくなったので、一カ月くらいか。そんなに長くない。不眠はシンガポールへ渡ってから約三年完治していないので、完全に元に戻るには時間がかかりそうだ。

(店内はハッカのような薬草の香りと音楽が心地よい)

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薬が二種類出る。一つは自分で生姜を入れて煎じて飲むもの。もう一つは粉薬。やはりこれらの生薬は中国から来ているとのこと。シンガポールの中医学クリニックは、10日分の薬と必要であれば鍼を打ってもらって一回SGD80(6,000円くらい)だった。それに対してこちらは鍼はないが、私の場合は一か月分の薬で19,000円くらい。鍼がない分少し割高かもしれないが、中国から生薬を輸入していることを考えればシンガポールの中医学とさほど値段に変わりはない気がする。 しばらく家計から私の健康に投資してもらおう。健康以上に大切なものはありませんので。

(電話で症状がどんな感じかフォローアップもして頂けるようです)

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ところで「漢方」というのは日本独自の呼び名で、「蘭方(オランダ医学)」に対してつけられたものだそう。中医学を日本風にアレンジしたもので、日本の伝統医学という位置づけらしい。

さてこれで私は南インドでアーユルベーダを受けていた時と、同じ環境を日本で作ったことになる。(南インドでアーユルベーダを受けてから、自分が健康になれる条件を知った)まず①自然があること。ここは富士山や茶畑が遠くに見えるし、近所の森の中にある神社の周りをちょっと歩くだけでも自然を感じることができる。次に②体をリラックスさせる施術は整体を接骨院で受けているし、③漢方薬という自然由来の薬を出してもらえた。④食べ物は、新鮮で日本人の口に合う食材がいくらでもその辺で手に入る。それに南インドになくて日本にあるものは、何と言っても⑤湯治。銭湯へ行けばいくらでも湯に浸かって、リラックスすることができる。確かに銭湯へ行った日は寝つきがいい気がする。もう薬物治療が中心の西洋医学のお世話にならなくても、自然を感じて栄養のある美味しいものを食べて、ヨガや瞑想などのリラックスできることをして、たまに湯にでも浸かっていたらそのうち自然によくなるだろう。そしてこの本人が「きっとよくなる」と思えることが一番大事なのだと思う。

帰り道につづじがきれいに咲いていた。日本の香りを感じる。青々しい草木の香りと乾いた風。なんだか平和すぎてシンガポールに住んでいた日々が夢のよう。でも机の上には、シンガポールのローカル学校で日本語を教えていた生徒たちと撮った写真が飾られてある。『あぁ、夢なんかじゃなかったんだ』と先生をやってた頃の自分を見てクスッと笑ってしまう。

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日本でも広い視野を保つ

シンガポールに住んでいた頃は、日本の当たり前が海外では当たり前ではないことを知った。そして今は、自分のシンガポール生活の中で普通だったことが、日本では普通ではなかったことを知った。恐らくこの”自分のシンガポール生活では普通だった”と感じていたことが普通ではなくなる時に、きっと視野が狭くなっていったり海外生活で身に着いたある種の感覚が損なわれていくのだと思う。

例えば言語。英語を話せるのは普通である。シンガポール人は基本的に英語+自分の民族の言語(中国語、マレー語、ヒンディー語)を話す。(中国語しか話さない人もいるけど)周りを見ていると、英語で話していたが途中で中国語になったり英語に戻ったりと、複数の言語を普通に操っていた。英語が話せなくなると、私はとても困る。シンガポール人の友達とはコーヒーや酒を片手に何時間も話した。アジア各国を旅しては現地の人にその国に関することやその人の考え方などを色々聞いて話し、そして仲良くなっていった。どれも英語で行ってきたことである。英語が話せなくなるということは、友達と色々な話が今まで通りできなくなることを意味し、それはとても悲しい・・・。そうならないために英語は必要最小限維持したい。それに加えて、中国では英語が役に立たなかったので次は中国語が必要になり、何とか勉強を続けようとしているのだけれど。

(あぁ、ショップハウスのバーが懐かしい)

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ところでその国のことを肌で理解しようと思ったら、実際にそこに行って自分の目で見て、現地の人とある程度話すことが一番いいと私は思う。現地の人と話さずに観光地だけを回っていると得られる情報が薄くなるし、雑誌やネットやレポートなどで得た情報よりも、実際に自分が行って感じたことの方が鮮度がいいし理解が深まる。そのために他言語が必要になってくる。

次にシンガポール生活で普通だったのは、日本以外の色んな国のことに関心を持つことだった。シンガポールは色んな国の人がおりまた色んな国が近くて身近だったので、東南アジアのどこかで自爆テロなどと聞いてはその国への旅行を控えたり、ネパールで飛行機が墜落しては自分の友達やそのご家族は大丈夫なのかと心配したり、インドで500と1000ルピー札が突然一新されて私のルピーが結構パーになっては嘆いたりと、海外のニュースがいつも自分事だった。それに中華系アメリカ人に日本語を教えていたこともあり、アメリカと中国の話にもよくなったので、その両国の時事をチェックしていた。

(Little Indiaへ行けばインドの空気感を思い出せた)

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ところが日本で普通に生活していると、海外のニュースがどこか遠い国の話のようになってしまう(実際、遠いのは遠い)。シンガポールにいると『自分が今いるシンガポールは世界の一部』というような感覚だったが、日本にいると何だか世界から孤立したような気になるのは気のせいか・・・。それもまた寂しい。今まで通り色んな国のことに敏感でいられるよう、日本でもニュースはシンガポールでも見ていたアメリカのCNNを見ることにした。英語を定期的に聞くことになるので、英語の維持にもなる。あと東南アジア、インド、中国の時事が分かるように、各国のニュースサイトのFacebookにいいねを押しておいた。これでFacebookを見た時に自動的に情報が入って来るし。

Breaking News, Singapore News, World and Asia - Channel NewsAsia

India News, Latest News India, Breaking News India, Currrent News Headlines India: ZeeNews

http://www.ecns.cn/

CNN.co.jp

それから多分これは永遠に損なわれることはないだろうけど、「ちょっとインド行って来るわー」とか「旧正月ミャンマーでも行くか」とかいう感じで、異国にぴょーんと気軽に行ける感覚も普通である。特に私のシンガポール人の友達も旅行が好きだったので、よくみんな「いついつは台湾とタイに行くからいない」とか「え?僕も今インドにいるよ」とか「ベトナムから戻って来た」とか異国に行くことが当たり前だった。まぁ、私のようにインドが好きで7回も行った人には出会わなかったが・・・。

(タイのコサムイ島が飛行機で90分と近かったので、よく行った)

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アメリカに昔半年だけ住んだ時もいくらか視野は広がった。しかしその後、日本の生活の中で急速に視野が狭くなり結局元に戻ってしまった。多分あの時は現地の人との繋がりがあまりなかったからかもしれない。今だとアジア各国にいる友達と繋がり続けているので、その友達を想えば必然的にその国に意識が向く。

シンガポールで最後にドイツ人の旦那の上司と会食した時の会話を思い出す。旦那が「日本に帰って視野が狭くならないか心配」というようなことを言った時に、私は「場所は関係ない。海外をどれだけ身近に感じられるかどうかだと思う」と言った。するとそのドイツ人は「It’s up to you(君次第だよ)」と言っていた。確かに海外に長く住んでいても、広い視野を保ち続けられる人とそうでない人がいる。確かにその人次第なのだろうな。

さて一年後にこれを読んでいる私は、今と同じ感覚を保てていますか?

日本でも自分の着たい服を着る

シンガポールにいた頃は、周りの目を気にせずに自分の着たい服を着た。色んな国の人が住んでいるので服装もみな様々であり、日本のような”年相応の格好”などという概念もなかった。中華系シンガポール人はTシャツに短パンなどのラフな服装の人が多く、インド系シンガポール人はサリーを着ている人もいたし、マレー系シンガポール人はあまり肌を見せない服装に頭にはヒジャブという布で髪を覆っていた。私は日本では人目を引いてあまり着られなさそうなカラフルなワンピースや丈の短い物、旧正月にはピンク色のキュートなチャイナドレスなどを楽しんだ。シンガポールを出る時『あぁ、もうこういう服は日本では着られないんだろうな・・・』と寂しく思いながら、数々のワンピースを梱包材で包んで船便の段ボールに入れたのを思い出す。

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が、日本に今帰ってきて『日本で人目を引くような服装をして何が悪いというの?どの国でも下品な格好はしたくないが、自分が好きな服を自由に着ればいいじゃないの』と思うようになった。今日も外は夏のように暑かったので、シンガポールにいても自分が着そうな爽やかなワンピースを着て外に出ると、確かに人目を感じた。みな長袖や半袖を着ている中でノースリーブのワンピースなんかでブラブラしているからか(皮膚がシンガポール仕様になっており、なんだかすぐに暑く感じる・・・)、思いのほか生地がカラフルだったのか。自分らしくいることに対して、昔ほどあまり人の目が気にならなくなってしまった。むしろ昔の自分ができなかったことを今は簡単にできることに、爽快感すら感じる。

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そしてネイルサロンへ行き、乾燥してささくれだっていた手元を整える。本帰国から約二週間半で、やっと身なりが本来の自分らしく戻ってきた・・・。それに応じて心も安定してきたような気がする。シンガポールの自宅を引き払ってから色んな場所を転々として、心身がもうぐちゃぐちゃだった。

(爪は一番、自分の目に入りますので)

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シンガポールを出る前に、帰国後の自分宛てに書いておいた手紙を開く。これは日本からシンガポールへ引っ越した時に、一気に色んな物事を進めすぎて後で爆発してえらい目にあったので、同じことを繰り返さないようにと自分をたしなめるためだった。するとそこには『帰国後は頼むからゆっくり休んでくれ!』とある。はいはい、今すごく忠実に守っていますよ。中医学の代わりに接骨院で体の調子を整えたり、自然の多い神社へ行ったり、美味しいものを食べたり、銭湯へ行ったり。毎日三食何を食べてどうぐっすり寝るかしか考えていません。もう三年前にシンガポールへ行った時のような『早く仕事に就かないと、早く〇〇しないと!!』という類の焦りは完全になくなってしまった。長くは続かないのだろうけど『ちょっとのんびりやったらいいがな』と思うようになった。それにしようと思えば、ネットさえあればシンガポールと全く同じ生活をすることもできるし。オンラインで外国人に日本語を教え、どこかの媒体へ旅に関する記事を書く。探せばきっと通える範囲に日本語学校もあるだろうし。でもそのような自由すぎる生活はもうしない。贅沢だけれど、次は社会に少し拘束されたい。

ネイルサロンで隣のお客さんがこんなことを言っていた。「二日くらい何にも予定を入れないと、もう私ダメになっちゃいそうで」あぁ、なんか昔の自分を思い出すな~。今は二日間、何にもせずにひたすらボーっとしても自分を見失わずにいられる術を手に入れられてよかったな~。