日本にいるからこそ🎐

日本人も知らない日本を知る

茶屋のHP完成&ブログ移転

Wixで茶屋のHPを作り始めて、はや2カ月。その後も、ヒィー!!となりながらも、なんとか茶屋のHPが完成!シンガポール時代から書き溜めていた、お茶の旅の旅行記をここに集約し、さらに今後は、ブログもこのHPに書いていくことにした。 

chanotabi.wixsite.com

このHPは茶屋のHPというよりも、お茶の旅行記事サイトという位置づけにしてある(だからHP名が茶屋の名前じゃない)。なぜなら、ライターの仕事を受注できようができまいが、記事を書き続けたかったから。人が作った媒体に書く仕事だと、どうしてもその媒体に書く機会が左右される。だったら、自分で書く媒体自体を作ってしまって、好きな時に好きなように記事を書けるようにしたかった。

 

ところで、もしWixで無料でHPを作ろうとしている方がおられましたら、ぜひ諦めないでもらいたいと思います。なにせ、ITがパーの私でも作れましたので(途中で5回くらいやめようかと思ったけれど)。しかし、このHP自作の成功で調子に乗って「簡易HP作成サービスでもやろっかな~」と言った次の日に、HPの編集画面をいじくっていたら、HPがぐっちゃぐちゃになった。世の中のHP作成費用が、なぜあんなに高いのかが身に染みて分かった瞬間だった。

 

さて、この「日本にいるうちに」は細々としか書いていなかったけれど、定期的に読んでくださっていた方々、またシンガポール時代からお読みいただいていた方々、どうもありがとうございました。新しいHPで、より良い暇つぶしたる読み物を書けるように、面白い体験をもっとしていきたいと思います。

 

それでは!また!

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トラベルライターの使命とは?

「稼ぐためにする仕事と、本業は別」という考え方を聞いてから、自分の本業は一体何なんだろうとずっと考えていた。そして、せっせとこの4年間にわたる自分のお茶の産地を巡る旅を、新しいHPに集約しながら思った。私の本業はトラベルライターであってほしい。食っていけなくてもいいから、新しい場所へ行っては未知なる体験をし、人と話し、新しいことを知って刺激を受け、それを文章と写真で伝えるということをずっとしていたい。こないだ「収入の有無に関わらず、使命感を持って取り組んでいる活動を仕事と言えるのではないか」と書いた。自分がトラベルライターをすることの使命が何なのかは分からないが、外国語の習得が得意だったり、異国へ行くことや新しいことへの挑戦が軽々とできる気質というのは、「トラベルライターをしなさい」と神様から言われているのではないか!?(と勝手に解釈しておこう)。

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ここで少し、トラベルライターの使命について考えてみる。まず、自分が旅行記を読んで、何がもたらされただろう?深夜特急を読んだ時はワクワクし、「いつか世界を一周してみたい!」と夢を持ったり、実際にアジアの1人旅を始めた。つまり、深夜特急は私に、夢や新しい人生の楽しみ方、つまらない日常へ刺激や非日常を与えたことになる。旅行記ではないけれど、ある写真家が書いたキルギスの誘拐結婚という本がある。それを読んだ時は、誘拐されて結婚させられる習慣がある恐ろしさや、日本では自由に結婚できることの平和さなど、色んなことを考えるきっかけになった。また、まさに女性が誘拐されている現場や、誘拐された女性が結婚式を挙げさせられる写真を見て、その写真家の行動力や度胸、忍耐力、着眼点など、色んなことに尊敬の念を抱かずにはいられなかった。

(これはとある中国の街の結婚式)

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たかのてるこの旅行記もよく読む。昔、彼女のトークショーイベントで旅の経験談を聞きながら、こんなことを思ったことがある。旅人の使命のひとつは、我々が日常生活の中で見失っている大切なことを、思い出させることなのかもしれないと。例えば、インドやネパールの辺境で力強く生きている人々の話を聞いて、自分が今持っているもののありがたさを感じたり、また逆に彼らと自分を比較して、自分の生き物としての弱さを感じたりもした。

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他にも、世の中に知られていない素敵な場所やモノについて書くことで、たくさんの人にその良さを知ってもらうこともできるし、誰かが書いた記事の考え方に共感して、精神的な安心感を得られることもあるかもしれない。きっと色んな使命があるのだろうけど、はて、私は何のためにトラベルライターをしたいんだろうか。

次に旅に出て旅行記事を描くときに、自分に問うてみたい。

中国語検定HSK5級と6級のダブル受験を目指す

英会話の先生もそうだったが、中国語の先生もか。ずっと同じ先生の授業を1年くらい受けていると、先生の気が緩んできて、授業のクオリティが落ちてくる。教える技術が少しくらい低くても、生徒のことを思って一生懸命に授業をしているのなら構わない。しかし、その逆は許すことができない。したがって、私はまた新しい先生を探さねばならない。はぁ・・・。幸い、私は色んな中国語を聞くために、2人の先生の授業を2週間おきに取っていた。今後は、そのうちの1人の先生から優先的に習い、もう1人新たな先生を探すことにした。最低、2人いた方がいいです。1人がだめになっても、授業を継続できる。

(糸が伸びるんですかね)

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そんなこんなで、今月からミランダさん(中国人は、よく英語名を設定している)の授業を取る。前の先生は大学の選考が英語だったらしく、私が分からなくなると割とすぐに英語で説明をしていた。しかし、ミランダさんは英語をほとんど話さない。話せるのだけれど発音が中国語的過ぎて、何と言っているのか分からない。したがって、何とか中国語で質問し、中国語の説明を理解しなければならない。それに、こないだ英語を使ったら「中国語だけを使いましょうね」と、ニッコリ釘を刺された。ヒィー!!

ところが、逆にこれがよかった。中国に旅行に行った時と同じく、何とかして中国語だけで伝えようとする訓練ができるからだ。前は、何とかして中国語で話そうとする前に、分からなければ英語で「これは、中国語でなんというの?」と聞いていた。そして、先生が教えてくれた中国語を暗記するというやり方だった。もちろん、これでも、教えてもらった中国語を暗記して使えば習得できる。しかし、こればかり続けていると、自分で文章を組み立てる訓練ができない。そういう意味では、今の自分には、もう前の先生の授業は必要なくなり、神様が、先生を代えるように仕向けたのかもしれない。

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ところで、ある日、ミランダさんが言った。「おそらく、あなたの今のレベルは、HSK(中国語検定)5級と6級の間くらいです」毎年3月にHSKを受験して自分のレベルを確かめていたが、今年はコロナで延期が続いていてまだ受験できていない。試しに5級の過去問を解いてみると、正解率は約70%と合格ライン。去年受験した4級は、漢字が読める日本人のアドバンテージを駆使し、リスニングのできなさをリーディングでカバーして合格だったが、今はリスニングの方が点数が高くなっている。9月に、やっと近くでHSKを受験できるようなので、5級はもちろんのこと、6級の合格も視野に入れて勉強を続けるとしよう。ちょっと、タイムライン的に厳しいかな~。

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2017年7月から中国語を勉強し始めて、気が付けばもうすぐ3年か。途中で、何度もやめてしまおうかと思ったけれど、なぜかその度に、色んな人が現れては私の中国語学習を助けてくれた。今となっては、私は何のために中国語を勉強しているのかよく分からない・・・。けれど、中国語を習得した末に待っている、まだ見ぬ冒険を楽しみに、きっとコツコツと勉強を続けているのだろうな。

「稼ぎと仕事は別だから」

コーヒーを飲みながら本を眺めていると、コーヒー屋さんのお兄さんが「”稼ぎ”と”仕事”は別だから」と、別のお客さんと話しているのが耳に入った。「儲からないけれど、やっている仕事ばっかりなんだけどね。稼ぎの方は、別に面白くなくても稼ぐためだけにやってる」これを聞いて、私はこう思った。「あぁ稼ぐための仕事と、面白いからやる仕事の両方があってもいいのか」

自分の好きなことをする!と、決めて以来「好きなことをして、金を稼がなければならない」と思い込んでいた。つまり「好きなことをすると決めた以上、面白いと思っていないのに、金を稼ぐためだけにする仕事はあってはならない」と。しかし、そんなことを言っていると、収入は限りなく少なくなる。そしてその結果、逆に、自由に好きなことができなくなるというジレンマに陥っていた。両方すればいいのだ。

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一方、お兄さんが言った「儲からないけれど、やっている仕事」というのが興味深い。彼は、お金を稼ぐためにしていることを仕事と呼ばずに、お金は入ってこないかもしれないが、面白くてやっていることを仕事と呼んでいる。仕事とは何なのだろうか。お金を稼ぎ出していない活動は、仕事とは呼べないのだろうか。私はそうは思わない。例えば、イギリスに、人が道に吐き捨てたガムに絵を描くアーティストがいる。この方は「このガムに描かれた絵を見て、みんなにもっと環境問題に関心を寄せてもらいたいと思っている」と言っていた。彼は、誰かに雇われてこの活動をし、お金を稼いでいるわけではない。けれど、私は彼がしていることは、立派な仕事だと思う。他にも、インドの緩和ケア施設で、無償で病人の世話をする人を見たことがある(ドキュメンタリーで)。これも立派な仕事だと思う。ということは、真の仕事とは何かを考えると、収入の有無に関わらず、使命感を持ってその人がしている活動全般を指すのかもしれない。

(道に、水を使って毛筆をするアーティスト?!)

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あぁ、私の真の仕事は何なのだろう?今していることと言えば、茶屋、お茶の産地を巡る旅(今は休業だ)、Webライター、ブログを書く、HP作り、写真を撮ってShutterstockで売る、曼陀羅を描く、己書を描く、家庭菜園、ハーブの自家栽培、アーユルベーダの復習、中国語の勉強、たまに外国人と交流、バードウォッチング、オカリナを吹く・・・。

(己書は、鋭意練習中)

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ありすぎて、分からん!!

BBCを観て、ダージリンを想う

今朝、BBC world newsを観ていると(はい、CNNから昨日変えたんです)、インドでロックダウン中、茶摘みをする女性が働きに出られないので、収入を得られず生活に瀕しているというニュースが目に入った。

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「ダージリンのみなさんは、ちゃんと生活できているんだろうか・・・」私が行ったダージリンは、お茶の生産を始め、観光業で多くの方が生活しておられるようだった。ガイドのブペンさんが、こう言っていたのを思い出す。「ダージリンでは色んな人の仕事が密接に絡み合っていて、どれか一つの歯車が狂うと、いとも簡単に全体に影響してしまいます」観光客が来ないと、ガイドも、ドライバーも、ホテルのスタッフも、レストランのシェフも、仕事がなくなるといった具合に。ロックダウンで茶摘みもできない、観光客も来ないとあっては、今どんなに大変だろう・・・。しかし、私にできることと言えば、紅茶をおいしくいただくくらいだ。あとは、そのおいしい紅茶を茶屋でお出し、1人でも多くの人に飲んでもらうことや、自分が行ったダージリンの魅力を伝え、世界が平和になったら1人でも多くの人が行ってくれるのを望むのみ・・・。私もまた行きたいけれど。

(ダージリンの街のどこからでも、標高8,000m級のカンチェンジュンガが見える)

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というようなことを考えていた時に、大切なことを思い出した。そういえば、私は海外からお茶を直接輸入したかったんだ。自分が本当においしいと思う茶葉を探し出して、直接輸入し、日本で販売することで現地のお茶農家さんたちの役に立てないか。そういう風に、ダージリンを旅したときに思った。というのも、紅茶産業に携わっている末端の人達は、収入が少なく生活が大変だと聞いたからだ。お茶の産地を巡って、おいしいお茶を堪能するだけではなくて、今後は人の役に立つことも考えたい。

それにしても、今日BBCを観てよかった。今、日本最大の茶の産地に住んでいるので、ここに住んだ記念に日本茶インストラクターの勉強をしようとしていた。が、自分のやりたいことは海外の茶を仕入れることであり、日本茶を普及させることではないと気づいた(すみません)。

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さぁ、紅茶の勉強をしよう(あと中国茶も)!

セイロンティーの旅を振り返る

今、自分の茶屋のホームページをヒーヒー言いながら作っているのだけれど、そこに、お茶の産地を巡る旅のブログをまとめようとしている。今後もお茶の産地を巡り続けるだろうから、自分が後から読み直して「あぁ、こんなに周ったんだなぁ」と懐かしんだり、他の人がお茶の産地を巡るときに、何かの役に立つと嬉しい。

ということで、まずは、お茶に目覚めたスリランカの旅のブログを、チマチマと茶屋のHPに移す。当時の稚拙な文章を修正したり、へんてこな写真を編集するのは骨が折れるが、スリランカへ行ったときの様子がありありと思い出されて、胸がいっぱいになる。それに「あれ?こんな写真あったんだ」などと、撮ったけれど使わなかった写真を発掘したりして、2度、スリランカの旅を楽しむことができる。

例えば、サリーを着たおばちゃんたちが、茶摘みをしている写真。あぁ、もうちょっとおばちゃんたちを大きく撮れればよかったなぁ。逆光だし。

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美しいヌワラエリアの高原。

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サリーで茶摘みをしたなぁ。30分で疲れたから、摘んだ茶葉はめちゃくちゃ少なかったけれど。

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高原列車にも乗りました。

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(窓からの景色)

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首都コロンボの美しいお寺を拝観したり。

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自然と一体化したお寺でしばらく座って、ボーっとしたっけ。

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お坊さんが「いいことが起こりますように」と、スリランカ人に白い紐を巻いているのを見ていると、私にも同じように巻いてくれた。

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ちなみにこの紐が切れるのに、約1年半かかりました。

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そして、セイロンティーの旅の締めくくりは、アフタヌーンティーだった。

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心地よいあの海辺の潮風や、あの時のゆったりとした時間の流れを今も感じる。

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このスリランカの旅で紅茶のおいしさに目覚め、その後、色んなお茶の産地を巡ることになるとは、当時思いもしなかった(しかも茶屋まで開いて)。人生、何がどう繋がるか、分からないものです。

次はいつ、お茶の旅に出られるかなぁ。今年は、静岡茶の旅を存分に満喫するかな。

茶屋の営業ふたたび!

緊急事態宣言が解除され、ぎっくり腰も治ったことだし(えぇ、ちょっとやらかしたんです)、茶屋の営業を再開した。前回営業したのは4月初旬だから、2カ月ぶりに近い。

オープン初日はお客様に色々と突っ込まれまくったので(店の名前何?とか、コーヒー屋の看板が出てるとか)、今回は色々と映えるようにしました。まず、習っている己書で看板を作成。今後、己書が上達するたびに書き換えていきます。

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次に、アジア感が出るように、インドで買ったタルチョ(カラフルな旗のやつ)を飾る。基本的に旅行中は茶葉以外は買わないのだけれど、あの時、タルチョを珍しく買っていて良かった。そして、コーヒーの看板に曼陀羅の布をかけて、コーヒー色をなくしました。これでどうだ!!(始めからやっとけ!と言われそうだ)。

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この日は、2カ月ぶりとあって、よく忘れ物をした・・・。それを旦那に取りに行かせ、店と自宅を四往復くらいさせてしまい、大変申し訳ございませんでした。しかし、自宅から店が近いと何かと便利です。キャリーカートに荷物をまとめて、トコトコ歩いて行ける。

今回もお茶を出しながら色んな方とお話しすることができ、とても楽しい時間だった。小学校生活の大変さを話してくれた女の子。素敵なカフェを経営されているご婦人。昔、色んな国を旅して、90歳を超えた今もなお、元気なおばあちゃまなど。そして、色んな人との会話の中で、気づいたことがあった。それは、私はまだ、今自分が住んでいる場所の良さを、トラベルライターとして他の人に伝えることができていない。

シンガポールに住んでいた時は、素晴らしい体験をたくさんさせてもらったシンガポールへのお礼と、自分に良くしてくれた人達への恩返しのつもりで、旅行メディアや自分のブログにシンガポールのことを書いていた。そして、時々、私の記事を見て、その場所へ行ってくれた人がいるのを知って「あぁ、自分がやっていたことに、少しは意味があったんだな」と感慨深くなったことがあった。そういうことが、ここではまだできていないじゃないか。

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恐らくここにいるのは、今年度が最後だろう。そうだとすると、もうあまり時間がない。今年は旅行を自由にするのは難しそうなので、正直言って、お勧めスポットなどの旅行記事を書くことがためらわれる。けれど、世界が平和になり、また自由に旅行ができるようになった時に、私が書いた旅行記事を見て、そこに行きたくなるようなものを足跡として残しておきたい。それが、住まいを転々とする自分が唯一できる、人の役に立てることなのかもしれない。