日本にいるからこそ🎐

日本人も知らない日本を知る

田舎で働けばいいんでないの?

ふと思い立って、ネイルサロンへ行く。すると今日はいつも見るお姉さんではない方が担当してくれた。色々と話していると、彼女は車と電車を乗り継いで一時間半かけてここに通勤していることが分かった。「えぇ!?毎日大変じゃないですか?」と聞くと、その辺に住んでいる方はみなそんな感じで町まで時間をかけて、通勤されているとのこと。「道が混んで時間がかかるとかじゃないんです。ただ単に距離が長いだけで。運転するのも嫌いじゃないので、まぁいいかなって」ちなみに家の周りには田んぼなどしかなく、家の窓からはどでかい富士山が見えるのだとか。「最近寒くなって来たので空気が澄んで、富士山もきれいに見えますよ。富士山に雪もかかりだしましたしね」

(こういうやつ?)

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15年前に結婚して都会から引っ越ししてきた時は、そのド田舎さがとても嫌だったという。けれど歳を取るごとに、自然の多さや富士山が家から見えたりする、そこでしか味わえない環境に満足していったのだそう。「平日は街で働いて休日は家にいますので、田舎と都会を行き来してバランスが取れているのかな」とのことで、私は羨ましいですねぇとお話を聞いていた。そしてこう話した。「私は去年田舎の古民家に住む計画を立てたんですが、旦那の通勤時間を考えて断念しました。結局、駅に近いちょっとのんびりしているところに引っ越ししたんですが」

(我々の住まいは海が違いです)

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ここで色んなことが頭に浮かぶ。『自然の多い所で過ごす時間をもっと長くできたらなぁ。』最近また新たに幸せに関するオンラインコース(今度は講師がインド人)を受け始めたのだけれど、そこで①自分なりの幸せの定義、②その幸せを感じるためにすればいいことを整理するワークがあった。私が幸福度を自分で上げられる方法のうちの一つは、自然の多い所で陽の光を浴びることだ。天気の良い日に陽の光を浴びながら自然に囲まれていると、幸せな気分になる。

 

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 『でも話を聞いていて、片道一時間半かけて通勤している人がたくさんいるのだから、田舎からの通勤もできなくもないんじゃないか?』しかし夜遅く疲れて帰って来る旦那に、それをさせるのは酷だろう。そこで気づいた。『田舎に住まなくても、私が田舎で働けばいいんでないの?!』しかも面白いことに、今週末自宅から車で一時間半くらいの田舎に行くことになっている。というのもその田舎の活性化のために、色んな人が集まってアイデア出しをする官民共同の活動に応募をして、運よく当選したのだ。その活動のために色々と調べていると、地域おこし協力隊とかふるさとワーキングホリデーなど、地域活性化のための面白そうなプログラムが結構あることを知った。茶畑のある田舎でお茶関係の仕事をしながら、お茶を通して人と交流出来たら最高。プーアルで李さんがしていたように、私のようなお茶好きの人においしいお茶を淹れながらお話しする。

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実は今日、ネイルサロンに来る予定はなかった。でも今朝自分の爪を見てなんだかネイルサロンに行きたくなり、その気分に従って良かった。そうでなければ、自分が田舎に働きに行けばいいなんて多分考えなかっただろう。

次の面白そうなことは、今週末の田舎活性化プログラムだ。さてどんな面白いことが待ち受けているんだろう!

仏教の本を読んで、放棄する

こないだ中国はシャングリラを旅していた時に、チベット仏教徒のガイドさんがこんな風に言っていた。「金も社会的な地位も手に入れたのに、幸せになれないと苦しんでいる人がよくいます。仏教を学ぶといいです」それに加えてチベット文化圏を旅する時に、自分の仏教の知識が薄くてガイドさんの話がよく理解できないことがあるので、久々に仏教に関する本を読むことにした。三年前にも違う仏教の本を読んだのだけれど。

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本を読み進めていると「苦しみが起こるのは、求めているものが手に入らないから」というようなことが書いてある。『そうなんだ。だったら、そもそも何も求めなければいいのでは?』とふと思う。そうすれば手に入らないもへったくれもなくなって、苦しまずに済むではないか。現に去年からあれやこれやと考えて、自分から求めて就いたいくつかの仕事はことごとくうまくいっていない。でもよく分からずにやることになった、カフェの臨時店主が楽しかったりする。

(地獄の苦しみ)

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さらに私が自分の人生の意義が何なのかを追い求めているのに対し、”人生に目的を見つけさせなさい”という逆の発想の記事を発見する。

cybozushiki.cybozu.co.jp

そもそも求めない・・・人生に目的を見つけさせる・・・そしてこう思った『もうしばらく人生に流されよう』。深く考えもしないし、目標も計画も立てない。偶然にやってきた機会と自分の勘だけで過ごす。というのも自分が「これだ!」と思って必死に掴みに行ったものでも、どうもあんまりうまくいかない。目標や計画など立てても、たいていその通りに進まない。それに色んな人が「人生はミステリー」だと言っている。ミステリーなものを必死に自分の思う通りにコントロールしようとして、私はなんだか疲れてしまった・・・。とにかく自分が面白そうだと思うことを片っ端からやって行って、最終的に残ったことをすることに決めた。なんか同じようなことを二年前くらいにも言っていたのは、気のせいか。

こうして私は人生設計のようなものを、しばし放棄することにした。

世界のお茶まつりに行く

プーアル茶の旅を終えて、次は日本の茶の産地で「世界のお茶まつり」が開催されるので行ってみる。大きなイベント会場を丸々このお茶まつりに使う感じで、お茶とそれに関連する商品の見本市、色んな国のお茶の試飲、日本茶の飲み比べなど、お茶をたくさん楽しむことができる。平日にも関わらず結構人が多く、着物を来ている人もいてとても素敵。

まず色んな国のお茶を飲めるコーナーへ行き、始めにペルーの「キャッツクロー茶」を飲んでみる。このお茶はペルーのアマゾンに生えている、キャッツクローという植物の木の皮を煎じたものらしい。ここで私はお茶の定義とは何なのだろう?と少し疑問に思う。味は・・・木の皮を煎じた茶という感じでした。普段はペルー料理屋で働いている日本人とペルー人のハーフの女将さんが、お茶を淹れてくれました。このペルーのクッキーが大変美味。今度ペルー料理屋に行きますね。

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続いてブラジルのマテ茶を飲む。びしっとスーツを着た笑顔の素敵なブラジル人男性が、上手な日本語でこう言った。「来て頂いて、ほんっとぅにありがとうございます!今からブラジルのお茶文化について、説明してあげます!」はい、どうも上から目線でありがとうございます(笑)。職場の方、どうか彼の不適切な日本語を正してやってください。実は大学生の時ペンフレンド(懐かしい響き)のブラジル人が、マテ茶を送ってくれたことがあった。が、結構苦くてあまり得意ではなく、今回飲んでも同じ感想だった。「実はブラジルはあまりお茶の文化はありません。みんなコーヒーをよく飲みます」とのこと。そうですよね。ちなみにブラジル人の彼は今年の春に日本に来日したらしく、12歳の頃から日本に恋して日本語を学び続けていたそうな。そういうのを聞くと、とても嬉しいです。日本の生活を楽しんでくださいね。

****(マテ茶の写真はない)*********************

そして何だか懐かしくなり、シンガポールのブースに行ってみる。シンガポールのお茶ってなんだ?と思っていたら、練乳の入ったあまーいミルクティーを出していた。その他、お茶について新たに知った文化としては、中華系のシンガポール人は結婚式で敬茶という儀式をするということ。これは中華圏の風習らしいが、新郎新婦がそれぞれのご両親に感謝の気持ちを込めてお茶を送るのだそう。日本は手紙を結婚式で読んだりするけれど、中華圏はお茶なんですね。素敵な風習。

(Teh Cだ)

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最後に飲んだ異国のお茶は、ウズベキスタンのレモン緑茶だった。これは中国の緑茶にレモンを放り込んで砂糖を入れたもので、正直言っておいしくない。レモンの酸味が強すぎて茶の味が感じられない。多分現地で飲んだらまた違うのだと思う。お茶はそれぞれの国の気候や食べ物に合うようになっているし、作っているのも日本人のようだったので、これが本当の味かどうかも私には分からない。

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他にも見本市では、台湾の「食べるお茶」というのを知った。色んな雑穀を挽いて濾したドロッとした飲み物で、お茶というよりも新種のぜんざいのような感覚でおいしい。お試しパックを購入。

matcha-store.jp

あとは日本の緑茶を色々と飲み歩いた。お花の香りのする緑茶、日本では珍しい釜炒り茶、新しく開発中の品種のお茶・・・・。しかしなぜかどれもピンとこなかった。どうやら私は中国茶と紅茶に恋をしてしまったようだ。でもここでちょっと待てよと思う。自分がいつも紅茶や中国茶を飲んで「これはおいしい!!」と感じたのは、このような見本市ではなかったはず。空気の澄んだ、静かで美しい茶畑に囲まれた茶の産地だった。そういえば日本の茶畑に囲まれた茶の産地で、きちんと淹れてもらったお茶を飲んだことがことがまだないじゃないか。さらに私は去年初めて静岡に来た時に飲んで、思わず「なにこれ?めっちゃおいしい!」と言ったお茶があった。それは菊川で作られている深蒸し茶で、きちんとその茶のパッケージの写メを撮ってある。

よしよし、次は日本の茶畑に行って茶を飲もう。そしてこの写メを取った日本茶ももう一度飲んでみよう。導かれるがままに、しばらく茶の旅を続ける。

日本茶のプーアル茶の産地の繋がり

プーアルで買ったお茶をさっそく淹れてみたものの、味が同じにならない・・・。向こうで飲んでいた物の方が香り高くて、まろやかだけれどしっかりとした茶葉の味がもっと感じられた気がする。あと教えてもらった温度の湯で茶を淹れたが、どうも飲む時の茶の温度が少し高すぎるような。プーアルで茶を淹れてくれた李さんはお茶を陶器からガラスの入れ物に移し、さらにそれをガラスのおちょこみたいなのに入れていたから、飲む時には温度が割と下がっていたのかもしれない。

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Wechatで李さんから「自分で作ったお茶は飲んだ?」とメッセージが来たので「買ったやつを飲みました。でもあなたが淹れてくれたお茶と味が同じになりません(泣)」と返したら、「質問があったら聞いてくれたら、答えますよ」とのこと。なんて親切なんだろう、谢谢!研究しまくって、味を再現してみせます。

「プーアル茶の産地として最も有名なのはプーアルではない」とシャングリラのガイドは言っていたけれど、またあのプーアルの宿に行きたいなと思う。もちろんおいしいお茶が飲めるに越したことはないが、お茶の味よりもその場所で得られる楽しい体験の方が私にとっては重要なのだ。それにプーアルで飲んだお茶は、私にとっては十分おいしい。李さんとの楽しい会話においしいお茶。湖畔の360℃茶畑に囲まれた気持ちの良い静かなロッジ。絶品の中華料理。温かいスタッフ達・・・。お茶を飲みに行くというよりも、リラックスや活力を得に行くという感じかもしれない。

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ところで李さんやその他お茶好きの中国人から、日本茶について色々と質問されたが答えられなかった。それは中国語があまりできないということもあるが、日本語でも説明できるだけの知識がまだなかったからだと思う。

日本茶のことをしっかりと伝えられるよう、来年日本茶インストラクターの試験にチャレンジしようかな。シンガポールに住んで記念として中国語検定を受けたように、日本最大の茶の産地に住んだ記念としても悪くない。こうやって「〇〇に住んで記念に」とその土地に関する色んな試験を受け続けたら、最後は一体どういう方向にたどり着いているのかしら。

雲南旅行のおまけ

今日は写真を整理しながら、旅の思い出に浸ることにした。酸素の豊富な日本の下界に戻って来られてホッとするけれど、なんだかもう中国が恋しい・・・。

①食

街でよく「松茸菌」とか「野生菌」というのを見かけて、???と思った。〇〇菌は、キノコのことを指すらしい。ある日食堂に入ったら、壁にキノコの毒に注意!と書かれた張り紙があり、キノコ類はここでは食べるまいと思った。

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次に丽江のフードコートで売られていた虫。もちろん私は食べない。

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みなさん、ザリガニも食べるんですね。

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縫い物をするかのように、道端でニワトリをさばくおばちゃん。

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ところで中国でも玄米茶は飲まれています。これは食堂で出てきた無料の茶。日本の玄米茶よりも味が薄めだけれど、香ばしくておいしい。

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②物

そうですよね。何も靴箱がきちんとした四角形でなくてもいいですよね。

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マーライオン??

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丽江では、このように民族衣装を着て記念撮影をしている人がいた。あと結婚式の前撮りをしている人も割と見かけた。

 (この後左のおじちゃんは、邪魔だからどいてとカメラマンに叱られる)

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モダンなカフェと、伝統的な民族衣装を着たおばあちゃんが対比的。

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池のほとりで将棋のようなものを打つおじちゃん達。

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池の広場で堂々と公開カラオケ。

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歌いたかったら、誰でもここで歌っていいんだそうです。”自分が歌いたいから歌う。他の人がそれをどう思おうが、関係ない。”こういう考え方、ある意味私も見習いたい。日本人は他人にどう見られるかを気にしすぎている。

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外で勉強するのね。

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ヤックと記念撮影ができるポイント。でもお客さんは誰も来ない。お兄さんとヤックは待ちぼうけ。

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ヤックのなんだか悲しそうな目。

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こんなもんかな。やはり観光地を巡るよりも、市場や人を観察するのがおもしろい。それと私には丽江は都会すぎた。次から必ず、行先がド田舎であることを確認してから行こう。

それにしても疲れが取れない・・・。昨日帰って来たばかりだから、そりゃそうか。でもインドに半年行ったおじいちゃまが「頭がインドのうちに家をカフェに改装したんです。日本人に戻るとできなくなるから」と言っていたように、私も頭が中国のうちに色んなことをやってしまいたい。

10/29(火)雲南へのさよならと中国語の目標達成

今日シャングリラを去り、昆明を経由して上海に戻る。空港まで送ってもらい、ガイドの高谷さんとお別れする。すると高谷さんは昨日バター茶を飲ませられなかったからとかで、自分が商売しているプーアル茶を私にくれた。「プロフェッショナルなガイドをどうもありがとうございました。またお会いできると嬉しいです」「Wechatで繋がっていますし、また会えますよ」お互い握手を交わし(今回はいつも通りチップを渡す)、笑顔で別れた。やっぱり旅の終わりはこうでないと。

(高谷さんと牛)

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さて搭乗前にトイレに行こうと思ったら、なぜか4つあるトイレのうちの2つのドアをおばちゃんが抑えている。そして中から出てきた友達と交代して、またドアを抑えている。まさか鍵が壊れているのか・・・私にはドアを抑えてくれる人がいない。どうか鍵が壊れていないトイレが周ってきますようにと思っていたら、案の定壊れている方が周って来た!しかもトイレは和式と少々難易度が高い。最後の最後に何だか笑ってしまった。私はこの旅の道中で特に何も困ることがないので、途中から『あまり中国にいる気がしないなぁ』とぽやーんとしていたが、最後にしっかり『あぁ、ここは中国だ!』と思った。

昆明行きの飛行機に乗り込むと、なんだか中国を離れるのが寂しいなぁと急に思った。でもシャングリラにずっといると標高が高すぎてしんどいので、ここを脱出するのは少し安心する。さよなら、シャングリラ。でも雲南にはまた来たいので、次は旦那を連れて来るか。(大きな声では言えないけれど)友達だと気を遣うが、旦那だとぱしれていい。

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昆明に到着し上海行きの飛行機に乗ると、三時間で上海虹橋空港に到着した。その後また高速バスで一時間かけて、浦東空港へ移動する。シャングリラ→昆明→上海と上にあがるにつれて、空港のトイレは綺麗になり近代的になっていった。朝7:45にシャングリラのホテルを出て、浦東空港のホテルに着いたのは18:30。さすがに疲れた。今日はここで一泊し、明日の便で日本へ帰る。

(これはシャングリラで泊まっていたホテル)

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さて、今年5月に立てた中国語学習の目標の二つ目「半年後に中国語で中国を旅行できる」は、これにて合格としたい。早くたくさん喋られると「???」となるけれど、旅行する程度の簡単な会話であれば、意思疎通に問題はなかった。また見知らぬ人と雑談もできたことを考えると、充分だと言える。プーアルの宿の李さんとお茶の話をしていて思ったけれど、流暢でなくても伝えたいことが明確だと、それはきちんと相手に伝わるのだ。ただこのままでは込み入った話ができないので、ここからは単語量を増やしたり苦手な文法を克服しながら、来年3月にHSK5級の合格を目指す。そして次年度は、中国語を使ってお茶に関連する仕事をしてみたい。

10/28(月)シャングリラは確かに桃源郷だった

今日は雲南旅行の最後のハイライトである、シャングリラ観光をする。まずPudacuo National Parkへ行き、一時間半くらい自然の中を歩く。昔、木を伐採しすぎて川が氾濫したために、今は中国政府は自然を保護しているのだそう。環境を守るために、工場もたくさん閉鎖されたのだとか。

朝靄がかかり、大変美しい。ガイドの高谷さんも、私を放って写真に夢中になっている。

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完璧な天気。

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空気の澄んだ静かな公園で写真を撮っていると、普段気づかない自然の色んな美しさに気付くことができる。溶けた霜が太陽の光に反射して、キラキラしている。しかしその美しさを写真でうまく撮ることができない・・・。

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鳥のさえずり、紅葉した葉っぱ、吹く風・・・。私は日常生活の中で、そういった自然をじっくりと感じることを忘れてしまっているようだ。何もシャングリラに来なくても、近所をウロウロするだけでも見ようとすれば色んなものが見られるはず。日本に戻っても、そういう時間を大切にしたい。またここでは大きなカメラを持って、写真を撮っている人がたくさんいた。今後はお茶に加えて、写真を撮ることを通しても色んな国の人と交流がしたい。

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ここの標高は約3,400m。富士山の山頂にほど近いところで一時間半以上も歩いたもんだから、さすがに頭が痛くなってしまった。バファリンを飲んで、しばし回復を待つ。

次の目的地に向かう。車窓から遠くに雪山が見えて、感動する。

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ちょっと車を止めて、写真を撮らせてもらいました。足元にはYakとか牛のウンチが大量にあり、注意が必要。

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ここでランチになる。野菜、Yakの肉、臭みのある辛くて酸っぱい魚とイモとインゲンの炒め物。美味し過ぎて、思わずご飯をかきこんでしまう。

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チベット人のお家をちょっと拝見した後、Songzanlin Monasteryへ向かう。ここでは143段の階段を登らねばならい。「標高が高いので、ゆっくり登ってください。私でもちょっとしんどいですので」と高谷さん。

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ヒーヒーいいながら、ゆっくり登る。そしてお寺の中を見せてもらう。寺の中は撮影NG。ここで高谷さんに色々と聞いてみる。「ブータンやインドのラダックへ行った時は、彼らは虫も殺さないと言っていましたが、ここもそうですか?」と聞くと、高谷さんは少し表情を曇らせてため息をついた。「私は綺麗ごとを口先だけで言うのは好きではありません。我々は生きるためにエナジーが必要です。ここでは肉も食べます。ただ大切なのは殺すのを最低限にすることです。」とのことで、同じチベット仏教徒でも場所が違えば色々と違うようだ。

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ブータンやラダックとここを比べてどうこう言うつもりはないが、私が他にも違いを感じたことがいくつかあった。まずチベット仏教徒の高谷さんは、どの寺に入ってもお祈りをしていなかった。ブータンやラダックでは、ガイドはいつも寺に入ると頭や膝をついてお祈りをしていた。高谷さんが携帯をいじりながら寺の中(お坊さんがお経をあげているのに)を歩いているのを見て、少々複雑な気分になるのは私だけか。次にラダックやダージリンの寺で見て来たお経をあげているお坊さんに比べて、なんというかここのお坊さんは少々カジュアル。厳粛な雰囲気というものがあまり感じられない。高谷さん曰く「ここのお坊さんはフリータタイムはショッピングをしたり、好きに過ごせますよ。何時に起きて、何をしないと行けないといったものはあまりありません」とのこと。

(お坊さん、お昼寝中??)

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また寺のお供えものにはペットボトルや缶のお茶が備えられており、また壁のあちらこちらにコインや紙幣がたくさんねじ込まれている。お賽銭箱にもWechat payのバーコードがついていて、現金の賽銭をする日本やその他の仏教国との違いが興味深かった。

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高谷さんとは他にも色々な話をした。例えば何かを信じるというのは、心を安定させるために良い手段であること。夫婦や家族内であって、お互いを100%理解したり安心させたりすることはできないが、お寺に来て祈れば心の安らぎを得ることができる。そしてどんなにベストを尽くしても、世の中には悪い人もいる。だから自分が幸せになれることをして、自分のベストを尽くせばいいということ。みんなたくさんのことをしようとするけれど、人生の中でそんなにたくさんのことを成就するのは難しい。また高谷さんはこうも言った。「自分のできる範囲のことで、善い行いをすればいいんです。他の人を助けなさい。単に金をあげるとかではなくね。」

そんな話をしながら、我々はバターティーを飲もうとウロウロしていたのだけれど、残念ながら飲める場所が見つからなかった。するとその辺の村人が我々を車に乗せて駐車場まで送ってくれ(寺院内の移動は専用バスだったので)、おかげで車窓から素晴らしい景色が見えた。本当はこのエリアに観光客が来ることはないそうで、私は夢中でシャッター切った。我々はバターティーを飲もうと、運よく観光ルートを外れたのだ。

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これで今回の雲南旅行の全ての旅程が終了した。頭がまた痛み出したが、なんとか体力がもってよかった。シャングリラは桃源郷と言うにふさわしい、美しい場所だった。ここに自分が来るまでに、色んな事が複雑に絡み合っていたことが今不思議に感じる。もしシンガポールに住まなければ、もしシンガポールでJoyceという中国人に出会わなければ、もし自分が中華系の生徒に日本語を教えなければ、もしいい中国語の先生たちに出会えなければ、私はこのようにシャングリラに来ることはなかっただろう。今までに自分に起こった色んな事に感謝をすると共に、自分のことばかり考えていないで、人の役に立つことを小さくてもいいからしようと今回の旅で改めて思った。

さて、明日はシャングリラ→昆明→上海へと移動します。